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日本経団連主催
世界基金フィーチャム事務局長と日本の経済界関係者との朝食懇談会
2004年12月9日

世界エイズ・結核・マラリア対策基金のフィーチャム事務局長の来日にあたり、 日本経団連の主催で、日本の経済界の方々との懇談会が開催されました。世界基 金支援日本委員会の委員も務めていただいている立石信雄オムロン相談役(日本経団連国際労働 委員長)をはじめ、企業の人事やCSR(企業の社会的責任)担当の経営幹部約30名のご参加をいただき、企業経営の観点から三大感染症への対応 について、以下のように活発な議論がなされました。


開会挨拶

立石信雄 (オムロン相談役・日本経団連国際労働委員長)

世界エイズ・結核・マラリア対策基金(世界基金)の事務局長リチャード・フィーチャム氏と渉外担当ディレクターのクリストフ・ベン氏をお迎えして経団連でお話を伺う機会をもてたことを大変嬉しく思う。世界基金は2002年に作られた組織で、途上国のエイズなどの予防と治療プロジェクトを資金面から支援している団体である。各国の支援のもとに感染症対策の資金を集めており、日本政府もこれに積極的に協力し、すでに2億6千万ドルの拠出を表明している。日本国内でも、世界基金に対する理解促進をはかるため、2004年6月に日本国際交流センターが中心となり世界基金支援日本委員会が発足した。この委員会は、森喜朗前首相を会長とし、経済界からは、全日空の野村会長、キッコーマンの茂木会長、そして私がメンバーに加わって、活動をまさに始めようとしているところである。

世界的にエイズの問題は大変深刻化している。サハラ以南のアフリカに加え、今後は中国やインドで感染の拡大が懸念されている。日本国内でのHIV感染は現在6000人と諸外国に比べると少ないものの、若い世代を中心に拡大しており、2010年には約5万人に増えるという推計もある。一方、海外における感染のリスクも高まっている。日本人駐在員などが多数派遣されている国、例えば中国では、現在84万人の感染者がいるとされているが、2010年には1000万人を越えるとの予想がある。

12月1日の世界エイズデーに関連して様々な報道がなされ、社会的関心は高まっているが、企業経営の観点からの認識は日本ではまだ高まっていない。これは、国内においてエイズの感染拡大の問題がまだ顕在化していないことが原因であろう。ただ、今後のアジア諸国での蔓延の可能性をふまえて、アジア等進出国での対策を検討することが企業の課題となってくる。本日は、アジアにおける感染の現状と、企業への影響と対策についてお話をうかがい、率直な意見交換を行いたい。

プレゼンテーション

リチャード・フィーチャム世界基金事務局長

このような機会に日本の経済界の皆様にお話できることは大変光栄である。日本は世界基金の生みの親と言っても良いだろう。なぜなら、世界基金という発想が生まれたのは、2000年のG8九州沖縄サミットだったからである。基金の設立第一日目から日本の皆様には大変なご支援をいただき、心から感謝している。今日は三つのことについてお話したい。まずマラリア、結核、エイズという三つの疾病について、そして世界基金の最新動向、最後にエイズとの闘いにおける経済界と労働界の役割について述べたい。

 【三大感染症の現状について】
マラリア: マラリアに関しては世界中でこの20年の間、事態は悪化し続けている。マラリアの流行を阻止する技術があるにも関わらず、こうした事態になっているのは、我々がなすべきことをしていない、ということに他ならない。アフリカだけでなく、アジアでも感染が深刻化している。しかし、マラリアに関しては二つの革新的な技術がある。ひとつは、中国の伝統的な薬草から抽出された成分を使った新しい抗マラリア薬である。従来の抗マラリア薬と異なりこの薬には薬剤耐性が見られず、非常に有効性が高い。他のひとつは、住友化学が開発した長期間持続効果のある殺虫加工された蚊帳である。この蚊帳によってマラリアを媒介する蚊を効果的に防ぐことができる。この二つの技術と従来の簡単な対策を組み合わせれば、どんなに深刻に感染が広がっている地域でもマラリアの流行を防ぐことができる。アジアの大半の地域では、撲滅することも可能になった。今必要とされているのはこの二つをより広い地域に供給することであり、世界基金の資金はそのために供与されている。

今回の訪日の前に中国に立ち寄った際、中国政府に対し、短期目標としてマラリア撲滅対策を開始してはどうかと申し上げてきたが、積極的に取り組む意向があるという印象を受けた。今後の5〜6年の間に中国でマラリアが撲滅される可能性がある、といってよいだろう。これが実現すると、中国の国民、そして経済にとってもよい影響をもたらすだろう。なぜなら、人の移動が激しい現代社会では、マラリアのような感染症が存在することは、人の移動を抑止することになってしまうからである。たとえば、マラリアが撲滅されることは、観光業などに大きな好影響を与えるだろう。

結核: 結核に関しては、私からはあえて申し上げることはないだろう。なぜなら、日本は学術研究の面でも実際の予防・制圧という点でも、世界の結核対策のパイオニアだからである。結核は治療方法が見つかっているが、完全に普及しているわけではない。今、結核はアジアの病気と言ってよいだろう。特に、中国とインドがその中心である。この2カ国の結核感染者の数は、それ以外の全世界の国の感染者数合計を上回る。結核の完全な撲滅は無理だが、適切な治療をすれば流行を抑えることはできる。世界基金の資金はこの適切な治療の普及拡大のために使われ、成功を納めつつある。

エイズ: エイズは、最も大きな危機である。破局的な状態とさえ言えるだろう。人類の4000年の歴史の中で最悪の流行病であると申してもよい。ご存知のように、もともとの震源地はアフリカであるが、今では主たる流行地はアフリカではない。ロシア、インド、中国である。中国に関しては、HIV(エイズ・ウィルス)の感染者は80万人というのが公式の推計値であるが、実際には100万人かそれ以上が感染していると思われる。2010年には、これらの感染者が1000万人を超えると言われている。朗報は、中国政府と国民が、エイズ対策に真剣に取り組み始めたということである。この1年間で目覚ましい進歩だ。これには、世界基金の中国でのプログラムが、期待を上回るほどの効果を上げていることが大きな影響を与えている。

 【世界基金について】
世界基金のアイディアが生まれたのは2000年のG8九州沖縄サミットである。その後、2002年1月1日に、途上国のエイズ、結核、マラリアの感染症対策ための新たな資金調達メカニズムとして発足した。米国、EU、日本、フランスが主要ドナー国であるが、先進諸国の政府拠出金に加え、財団や企業、個人からの寄付も得ている。すでに約130の国で300近いプログラムを支援しており、これまでに供与した資金の総額は30億米ドルとなっている。東アジアや東南アジアに大規模な資金供与をしており、中国、ベトナム、ラオス、カンボジア、タイ、フィリピン、インドネシア、インド、ミャンマー、いずれも世界基金の活動の対象地域である。供与している資金の約半分は途上国の政府機関、1/4がNGOや地域の組織、残りの1/4が研究機関や感染者組織、宗教組織、企業などの感染症対策に使われている。医薬品や物資の購入に充てられるものが最も多く、次いで人材育成、保健インフラの整備などに使われている。世界で年間600万人もの人が亡くなる三大感染症対策の重要な資金源となっている。

 【企業の役割】
次に、経済界の役割、また労働組合の役割について述べたい。特にエイズの問題に焦点を絞ることとしたい。エイズは国の経済に甚大な影響を与え、また個別の企業の財務にも大きな影響を与える。南アフリカのようにエイズが蔓延している国では、この影響が顕著に表れている。今は、南アフリカの問題かもしれないが、直ちに適切な予防手段を講じなければ、明日には同じ事が、中国、ベトナム、インド、フィリピン、インドネシアで起きることになるだろう。

数年前に南アフリカの企業は、エイズの蔓延が自社の経営にとってどれだけ大きな負担となっているかに気付いた。エイズのコストを試算したところ、従業員をエイズで失い、新しい人を雇い再教育するよりも、従業員とその家族にエイズの予防と治療サービスを提供した方が低コストであるという結論に達した。そこで、南アの企業は、慈善としてではなく経済的理由から、エイズ対策に乗り出したのである。エイズの予防のための意識啓発や研修プログラム、抗体検査、治療プログラムの開発に着手した。対象は従業員だけでなく、配偶者や子供たちにも及んでいる。

この南アの企業の動きは先見の明があったということがわかっているので、今では世界基金がアジアの大手企業に働きかけて、同様なプログラムをアジアでも開始するよう協議を進めている。すでに感染が拡大している中国やインドに進出している日本の企業の皆様には、直ちに、予防プログラムや治療の初期段階のプログラムを開始することをお勧めしたい。待ってはいけない。待っているうちに感染が広がり手遅れということになる。

このような職場での直接的な取り組み以外にも、世界的なエイズとの闘い、あるいは世界基金自体に、企業に協力していただける方法が二つある。ひとつは、企業として従業員の間でのキャンペーン・プログラムを組んでいただくことである。例えば、企業が推進する社会貢献活動の対象として世界基金を選んでいただくことにより、従業員の皆さんが関心を持ち、かかわりをもっていただいたり、あるいは可能であれば寄付をしてくださる、ということにつながる。

他のひとつは、企業がもっている広報力や消費者向けのマーケティングの手法を活用して、世界基金について、あるいは世界基金が取り組んでいるエイズ問題についての啓蒙活動に協力していただくことである。例えば、日本では、パブリシスという広告代理店の協力を得て、世界基金の活動と、三大感染症の課題ついて幅広く知っていただくためのキャンペーンの開発に着手している。この際、企業にはco-marketing, co-brandingという形で関わっていただくことも可能である。テレビなどを含めてマスコミ業界の役割は非常に重要である。企業によって多様なかかわり方があると思うが、それぞれの企業が持つ強味を活かし、認識を高めることに協力していただけると有り難い。

このような広報の効果は、感染症という課題について人々に知ってもらう事にとどまらず、自国の政府が何をしているかについて知ってもらう事にもなる。日本を含む各国の政府は世界基金に対し大変大きな貢献をしてくださっている。しかしその事実は、一般国民にあまり知られていない。東京で町を歩いている人にユニセフを知っているか、と問えば多くの人が知っていると答えるだろう。しかし、世界基金について知っている人はごく僅かである。日本は世界基金の4大ドナー国のひとつであり、その原資は国民の税金である。こうしたキャンペーンをすることで、納税者が政府のしていることを理解し、税金がどのように使われているのかについて意識を深めることができる。特に有識者やオピニオンリーダーの間にこのような理解を深めることが重要だと思う。こうした努力が、政治的なモメンタム(勢い)を生み出し長期的に持続させる重要な要素になると考えている。

最後に労働組合について一言述べたい。昨日、宮崎で開かれていた国際自由労連の世界大会に参加した。4年ごとに開かれている会議で、世界各国から1000名ほどの労働組合関係者が集まっていた。私はこの大会で、世界基金について紹介し、世界的なエイズとの闘いについて話したのだが、今大会では、労働運動のエイズに対する取り組みを示す重要な決議が採択された。

私は、労働組合関係者に3つのお願いを申し上げた。第1は、組合員の方々が勤める企業がエイズ予防と治療のプログラムの開始を検討しているのであれば是非それに賛同し、自らも積極的に参加してほしい、ということである。第2には、組合員自身でも同じようなプログラムを開始してほしい。第3に、労働組合の影響力を行使し、国の政策に影響を与えていただきたい、ということである。すなわち、先進国では政府がエイズとの闘いにさらなる資金を拠出するように訴え、途上国ではさらに有効な対策をはかるよう政府を説得していただくことである。


クリストフ・ベン世界基金渉外担当ディレクター

大手の企業がエイズに関してどのような活動をしているか、ドイツの自動車メーカー、ハイテク産業のダイムラー・クライスラー社を例にご説明したい。ダイムラー・クライスラー社は大手の多国籍企業として世界各地に生産拠点を持っているが、エイズの蔓延している南アフリカ、ブラジルにも拠点がある。同社は最近、エイズがこの2カ国の生産に深刻な影響を及ぼしていることに気付いた。従業員がエイズ・ウィルスに感染し次々に体調を崩し、医療保健関連のコストがかかりすぎるという認識が生まれてきた。休職者の代替として他の人を雇い再教育しなければならないという人事上のコストがかかる。事実上、一つのポストに対して3人を同時に訓練しておかないと、いずれはエイズで働けなくなってしまう、ということだった。

そこで従業員を対象に、エイズ予防と治療のプログラムを大規模に開始しようということに決まった。しかし、自社だけではノウハウがないので、ドイツの政府開発援助機関であるGTZに協力を求めた。その結果、HIVに感染した従業員に対しては治療プログラムが始められ、生産拠点がある地域社会の人々に対する予防プログラムも開始された。これらのプログラムは大変な成功を収め、ダイムラー・クライスラー社はいくつかの国際的な賞を受賞している。国連関連の賞の受賞では、同社会長のユルゲン・シュレンプ氏が、コフィ・アナン国連事務総長から手渡しで賞を授与された。また2週間ほど前にはドイツ国内の賞を受賞しその様子は全国で報道されていた。ダイムラー・クライスラー社は近々、中国とロシアというエイズの2大感染地に新しい工場をオープンするが、南アフリカで得た知見をもとに、工場の立上げの段階から従業員に対する予防と研修プログラムを開始する予定ということである。

このほかにも、オーストラリアの鉱業会社がパプアニューギニアで同じようなプログラムを検討中など、大手の多国籍企業がこのようなHIVエイズの予防に取り組む例が大変多くなってきている。会社にとってプラスになるだけでなく、人道的にも大変大きな意味がある。日本の企業でもこのような事業をご検討いただければありがたい。

質疑応答


(1)日本政府は世界基金に対し2億6500万ドルもの拠出をしているが、日本ではこのエイズ、結核、マラリアという感染症の問題は一般にあまり知られていないのではないか。政府広報などにもっと力をいれるべきではないか。


角茂樹(世界基金理事・外務省国際社会協力部参事官):
世界基金の理事の立場から、これまで微力ながら色々なところを廻りご説明申し上げてきた。しかし、日本社会には、まだまだこれらの感染症を他人事と捉えるふしがあり、特にエイズに関しては、失礼ながら、経済界の中にも企業イメージとの関連からあまり関わりたくない、という感じがあるというような印象を受ける。しかし、エイズは国際的には、もはや限られた人がかかる限られた病気ではなくて、誰もがいつでもかかりうるほど蔓延してしまっている病気である。今後は、こうした事実に理解を得ることが重要である。何らかの大々的なキャンペーンができないかと考えているところである。

また、世界基金は2004年を例にとると1年間に15億ドルもの資金を供与する大変規模の大きな基金である。今後は、現在進行中の事業を継続するだけでも年間20億ドル以上かかる。これまで米国が9億ドル、フランスが3億2千万ドル拠出するなど、G8各国がコミットするなかで、私個人としては、日本の2億6500万ドルという拠出額は、世界的に見ると少ないのではないかと思っている。この感染症はまさしくアジアの問題になってきており、世界第二の超経済大国として、日本が応分の対応をする必要がある。現在の政府の財政難では年間約1億ドルを拠出するだけでも大変なのが現状ではあるが、日本企業が進出する中国やベトナムなどアジアの国で大きな問題になっているのであれば、やはり日本政府としてもっと資金を出すべきである、という声を日本の経済界からもあげていただければ有り難い。

山本正(世界基金支援日本委員会ディレクター・日本国際交流センター理事長):
政府広報もひとつの手段だが、今回のようにフィーチャム事務局長ご自身にメッセンジャーとなっていただくことも極めて効果的である。世界基金支援日本委員会として、今回の東京滞在中にフィーチャムさんと日本の国会議員をお引き合わせしたり、公開シンポジウムを開催するなどの事業を行っている。折角日本が国際的に積極的な活動をしているのであるから、声を大にしてこれを国民全体に知らせていく努力が必要である。



(2)南アにおけるダイムラー・クライスラー社の事業の紹介の中で“治療と予防”を提供しているという話があったが、具体的にどういうことをしているのか。また、そのような画期的なダイムラーの事業策定にあたって世界基金はどのような役割を果たしているのか。


クリストフ・ベン:
治療に関しては、ダイムラー・クライスラー社は、HIVに感染し病気が進行した従業員とその家族に対して、抗レトロウィルス薬を無償で提供している。この薬は以前は高額だったが、現在では入手しやすい価格にまで下がってきた。この薬でエイズを根治することはできないものの、感染者はこの薬で適切な治療を受けていれば、健康な状態を保ち、働いて家族の生計をたて、地域社会に参加することができる。予防については、従業員に対し、エイズに関する情報や自らを感染から予防する方法についてパンフレットなどで情報提供したり、HIVに感染しているかどうかを調べる無料検査の機会を提供している。

これは、ドイツの政府開発援助機関であるGTZ(日本のJICAに相当する)とダイムラー・クライスラー社のパートナーシップによるものである。この例に関しては、両者に充分な資金があったので、世界基金は資金を供与してはいない。しかし他の企業で世界基金が関与している例としては、企業から「エイズの予防や治療のプログラムを行いたい。我が社独自にできるのは従業員対象のプログラムに限られるが、世界基金が資金を供与してくれれば、職場にとどまらず家族や地域社会全体に拡大できる。」という意向を寄せられ、パートナーシップを組むケースである。感染の著しい国で操業する多くの企業にとって、自社の職場にとどまらずコミュニティ全体のエイズ予防と治療にまで範囲を広げることが大きな関心事となっている。

リチャード・フィーチャム:
このような企業の取り組みには興味深い側面がある。ダイムラー・クライスラー、アングロ・アメリカ、コカコーラ、バイアコムなど多国籍企業がまず先導的にエイズ対策に取り組み始めている国では、それに引き続きその国の企業が取り組みを始めるという現象が見られる。



(3)北京と上海に工場を持ち、中国でビジネスを拡大しているので中国での状況についてうかがいたい。中国のHIVエイズの蔓延が深刻ということであったが、中国のエイズの拡大は、地域的、性別、年齢別にみてどのように広がっているのか、また感染経路はどのようなものなのだろうか。


リチャード・フィーチャム:
中国におけるエイズの蔓延は、世界の中で規模としては最も大きく、広がりのスピードも最速である。中国における感染は、今は中国固有の特徴があるが、それは現在どんどん変わりつつあり、アフリカ的な特徴が目立つようになっている。従来からの固有の特徴とは、中国では、薬物静脈注射と売血という二つの感染経路によって当初の感染が広がったということである。中国のある地域では静脈注射による薬物の乱用が非常に多く、これがHIV感染の原因となった。二つ目の売血であるが、内陸部の河南省を中心とする地域で売血の習慣があり、10年から20年もの間、国の政策のものとで、極めて不衛生な方法で血液を採取し血漿を集める、という方法がとられていた。これがエイズの蔓延を作り出し、ある県では成人人口の半分がHIV陽性である、という村さえある。

しかし、これから先に目を向けてみると、これらの中国特殊の状況を原因とする感染は減っており、世界のほかの国と同様に異性間の性交渉による感染が増え、世界の主流とおなじ感染経路になりつつある。そして、最初は男性の間で広がったが、次第に女性の病気になりつつあるという点でも、アフリカ、米国、欧州と同じである。1998年には世界のHIV感染者のうち女性の比率は15%であったのに対し、2004年には41%に上昇している。女性感染者の割合はどんどん高くなっている。

中国のエイズに関する今後の見通しであるが、慎重に見守る必要はあるが必ずしも悲観はしていない。なぜなら政府が本腰をあげてエイズ対策に取り組むようになったからである。中国政府のエイズ対策のキャンペーンに費やされる資金の額は、2003から2004年にかけて倍増するなど、政府のより深いコミットメントが見られる。



(4)先ほどダイムラー・クライスラーの例が挙げられていたが、企業がまず予防活動から取り組みを始める場合、財政的な支援よりも、社員に対する情報提供などの専門的・技術的な支援が求められているように思う。現地で雇用している従業員は圧倒的に女性が多いのだが、例えばパンフレットを作る時にどのような内容にしたら適切かなどといった専門的な内容について、中国ではどのような機関と相談すればよいのだろうか。


リチャード・フィーチャム:
3つほど候補がある。第1は、北京であれば国連合同エイズ計画(UNAIDS)の北京事務所が活発に活動をしている。企業の取り組みに関してもノウハウをもっており、よいアドバイスをしてくれるだろう。第2には、ニューヨークに本部をおくHIV/エイズ世界経済人会議(GBC)という組織である。国連大使を務めたリチャード・ホルブルック氏が理事長を務めており、多くの多国籍企業が加盟している。第3として提案申し上げたいのは、われわれ世界基金が御社の事業に資金提供する、という可能性もあるかもしれない。世界基金は中国に巨額の資金を提供しており、企業が始めようとするプログラムの規模を拡大することができるだろう。

私の知る限り、現在中国で操業する大企業でこの問題にとりくんでいる企業はないと思う。女性の感染者が急速に増えている現状のなか、女性従業員を多く雇用する企業で、このような取り組みを始められれば、世界のパイオニアとなるだろう。従業員だけでなく、ひいてはその家族やコミュニティを守ることになるだろう。



(5)企業がエイズ対策に積極的に取り組むのを阻害する要因のひとつは、企業が従業員にエイズ検査を強制すると人権上の問題点が生じてしまうのではないか、という懸念ではないかと思うが、どのように考えるか。中国ではどのようにしているのか。


リチャード・フィーチャム:
もっともな懸念だと思う。強制検査はどの国でも全くお薦めできないし、間違いなく人権侵害である。私の知る限り中国でもそのようなことはされていない。企業がとるべきアプローチは、まず予防教育と情報提供である。その後で、もし受けたければ匿名で検査を受けることができる、機密は保持されるので、よければ検査をうけてみましょう、と勧めることが重要である。むろん、いくら任意の検査とはいってもインセンティブ(動機付け)がなければ検査には来てはもらえないだろう。エイズが治る見込みのない病気だという認識があると、誰も検査を受けたがらない。治療を受けられるということが検査の呼び水になる。万一陽性だとしても会社がサポートするし治療も提供する、と伝えることで検査に来てくれるようになる。これまでの経験によると、最初の数ヶ月は従業員は懐疑的でなかなか検査所に足を運ばないが、少しずつ人数が増え、やがて急速に人数が増えるようである。時間がたつにつれ次第に信頼関係が築かれていくことと、やはり治療を受けられるという魅力が、受検者の数を増やすことにつながっている。



(6)エイズが、身近で誰にでも起こる病気であることがよく理解できた。世界基金支援日本委員会でも着手されているのかもしれないが、日本の経済界としてもこうした問題に取り組んでいくべきではないか。我々の組織は日本企業の海外展開を支援する事業を行っているが、日系企業の海外のオフィスでエイズの問題をもっと啓蒙し、従業員が検査に来るようなシステムを作っていくべきと感じる。


山本 正:
世界基金支援日本委員会では、東アジア各国がエイズなどの感染症にどう対応しているかを調査するプロジェクトを開始し、来年6月末にはその結果を共有する会議を開催することにしている。この中には、各国で企業がどのように対応しているか、という問題も含まれている。こういう情報交換の機会を通じて、各国の事例をお互いに学び合い、それぞれの国の中で企業同士がどのように協力していけばよいか、について協議していきたいと思っている。



(7)日本のHIV感染者は現在6000人、2010年には5万人になるという推計もだされているようだが、日本の状況をどのように見るか?


リチャード・フィーチャム:
ご指摘の通り、日本で問題が急速に大きくなっているということは間違いない。欧州や米国、カナダの経験から言えることは、今この段階で徹底的な対策をとれば将来大きな違いを生むだろうということである。エイズの蔓延をもたらす最大の危機は“待ってしまう”ことである。

クリストフ・ベン:
その点に関して、ドイツの経験は日本と類似しており、何らかの参考になるかもしれない。ドイツでは、国内のHIV感染者数は限られているし感染者に対する治療方法もあり、ドイツはエイズ問題をコントロールできていると思っていた。しかし、近年になって感染者数が増えていることに気づいた。国境を越えた人の移動がその主要因である。人の移動は、我々がグローバル化した経済の一部に組み込まれている以上避けられない。ドイツは東欧に近く、東欧との間の人の自由な行き来によって感染が増えている。このためドイツでは、東欧諸国やロシアで予防と治療を推進することに関心を持ち、資金供与を拡大しようとしている。

中国をはじめするアジアの近隣諸国でエイズの感染が拡大しているなか、これらの国と経済活動や人の移動で極めて活発な交流がある日本も、ドイツと似たような状況を迎えているのではないかと思う。このような地域で予防と治療を推進することは、日本の利益にもかなうものである。この例に見られるように、エイズの蔓延は世界各国が共通に経験する課題であり、各国が協力することでしか対処できない。エイズというグローバルな問題に対処するには、各国が共同で対処するグローバルなメカニズムが必要であり、世界基金の存在理由はそこにある。

(文責:世界基金支援日本委員会事務局)




■ スピーカー略歴 ■
リチャード・フィーチャム(Richard G.A. Feachem)
 世界エイズ・結核・マラリア対策基金事務局長
ロンドン大学公衆衛生・熱帯医学大学院学部長、世界銀行保健・栄養・人口局局長、カリフォルニア大学バークレー校国際保健学教授、世界保健研究所(Institute for Global Health)所長等を歴任し、2002年4月に世界エイズ・結核・マラリア対策基金初代事務局長に就任。WHOブルントランド事務局長が設置した「マクロ経済と保健委員会」の18人の委員のひとりとして、報告書『経済開発のための保健への投資』(2001年)をとりまとめた。アフリカのHIV/AIDSおよびガバナンスに関する高級委員会委員ほか、多くの機関の理事を務める国際保健分野の第一人者。30年にわたる国際保健への貢献により、1995年エリザベス女王より名誉大英勲章CBEを受賞。公衆衛生および保健政策に関する著書多数。医学博士。


クリストフ・ベン (Christoph Benn)
 世界エイズ・結核・マラリア対策基金渉外担当ディレクター
タンザニアのルター派教会病院で、エイズ対策プログラムのコーディネーターを務めた後、ジュネーブの世界教会協議会(WCC)のHIVエイズに関する作業部会のモデレーターを務める。2001年の国連エイズ特別総会にはWCCの代表として出席し、宗教組織のHIVエイズに関する共同声明の取りまとめに関与した。1998年より、ドイツ医師団研究所の副所長としてボツワナ、ケニア、ロシア等における抗レトロウィルス治療のパイロット・プロジェクトを開始。2002年1月より2003年1月まで先進国NGO代表として世界基金の初代理事を務め、2003年より現職。
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