活動報告

 

 

 

日本国際交流センター(JCIE)は東アジア・アセアン経済研究センター(ERIA)との共催でウェビナー「Responding to the Needs of Older People During the COVID-19 Pandemic: Sharing Lessons Learned」(高齢者のニーズに応える:米・日・マレーシアの識者が語る新型コロナから得た知見)を2020年5月29日に開催しました。

 

本ウェビナーは、米国、日本、マレーシアからの専門家を招き、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)流行下での各国の高齢者施設での状況や講じられた対策についてディスカッションを行い、地域を超えて学びを共有することを目的として開催されたものです。各地の高齢者施設でクラスターの発生が報告された中、感染拡大を防ぐために行われた対策、また、今後の展望についても話し合われました。

 

ウェビナーの概要は以下の通りです。

 

 

 

 

 

 

プログラム  

開会挨拶  
 駒澤大佐 東アジア・アセアン経済研究センター(ERIA) 総長参与
   
ディスカッション  
 パネリスト:
  アイナ・ジャフィ 米国ナショナル・パブリック・ラジオ(NPR) 記者
  林玲子 国立社会保障・人口問題研究所 副所長
  モハッド・ロハイザ・ハッサン マレーシア国民大学(UKM)医学部 准教授

 モデレーター: ジェームス・ギャノン 

米国法人日本国際交流センター(JCIE/USA) エグゼクティブ・ディレクター

 

 

新型コロナウイルス感染症の流行により、日本では約40日間に及ぶ緊急事態宣言が出されるなど、外出の自粛が求められました。また、世界各国においてもロックダウンによる国境封鎖・外出を制限するなど国によっては強硬な措置がとられました。感染予防のため人との接触に注意を払う必要がある一方で、特に症化や死亡リスクが高く「感染弱者」とされる高齢者が孤立することによる健康への影響も考慮する必要があります。当然のことながら、感染症予防の必要性は高齢者のみに限定したことではなく、世代を超えて協力し社会全体として取り組む必要があるという認識のもと、日・米・マレーシアのパネリストを中心に様々な意見が交わされました。

 

高齢者施設の状況にもっと注目を

米国の公共ラジオ局NPRで高齢化をめぐる課題を専門とするジャーナリスト、アイナ・ジャフィ氏は、新型コロナウイルスによる死者が10万人を超えた米国で高齢者のおかれている現状を以下のとおり報告しました。

 

  • 5月11日付のニューヨークタイムズ紙によれば、新型コロナウイルスによる全米の死者数のうち、高齢者施設での死者数は30%に及ぶ。
  • 米国の高齢者施設における死者数の増加は、感染症予防策が不十分であったことが要因とされる。同国の高齢者施設では毎年約39万人が感染症で死亡しており、感染症予防策の弱さが普段から指摘されていたが、今般の新型コロナウイルスでさらに露呈される形となった。
  • 高齢者施設で勤務する介護人材のほとんどは認定看護助手(CNAs)であり、1年未満の訓練を経て資格を得る専門職である。しかし、一般的に報酬が低く、複数施設を掛け持ちすることが多いと言われている。そのため、感染が起こった施設で働いていたスタッフが別の施設で働くことにより、施設の間で感染が広がることに繋がってしまったケースも多々生じた。
  • 看護助手のような専門職以外にも、家族が施設を訪問し高齢者をケアすることで果たす役割は大きかったが、ロックダウンにより施設への訪問がかなわず、心理的ストレスや食欲不振により体力が著しく低下した実例も多かった。

 

ジャーナリストとして高齢者施設での実例に触れたジャフィ氏は、新型コロナウイルスによる病院の被害状況は頻繁にメディアで報道されていたものの、高齢者施設の状況はあまり注目されなかったと話しました。今般のパンデミックを機に、高齢者施設にもスポットが当てられ、感染症予防策の改善や看護助手が担う役割が広く認知されることに期待を示しました。

 

 

様々な情報が錯綜する中、データに基づいた見方を

林玲子国立社会保障・人口問題研究所副所長は各国のデータを示しながら高齢者の新型コロナウイルスの感染状況について以下の通り述べました。

 

  • 日本を含めたアジア諸国は、米国・欧州と比べて患者数や死者数が圧倒的に少ない。死亡数をみるとどの国も後期高齢者が多いが、男女差がある。日本では高齢男性の死者数の方が多かったが、米国においては85歳以上では女性の死者数の方が多い。また、米国では感染拡大のスピードが速かった。
  • 日本では、介護施設における死者数割合は、米国と比較するとそれほど高いわけではない。早めに職員に対する注意喚起をしたことが功を奏したのかもしれない。
  • 通所介護のほか、訪問入浴など在宅で利用できる高齢者向けサービスの利用者が多い日本では、「風呂難民」と称される状況も生じ、またサービス停止により家族介護の負担が大きくなっている
  • 高齢者のスマートフォン利用などで社会的孤立が防げるため、さらなる普及を図るべき。
  • 新型コロナウイルスによる経済苦境で、自殺者が増えるとメディアで喧噪されていたが、警察庁統計に基づいた4月の自殺者数は前年同月と比べ大きく減少している。個々の事例に着目することは必要だが、全体の統計を見ることが重要

 

このように、林氏はエビデンスの必要性を強調し、またアクティブエイジングに必須の社会参加が新型コロナウイルスにより妨げられている事態をIT利用で解決するべきと提言しました。

 

社会的孤立を防ぐためデジタル技術が果たす役割

マレーシアの感染状況及び政府が講じた対策について、マレーシア国民大学(UKM)医学部准教授のモハッド・ロハイザ・ハッサン氏は次のように紹介しました。

 

  • マレーシア政府は3月に国民の外出や企業活動を厳しく規制する活動制限令(Movement Control Order: MCO)を導入し、早期段階で感染拡大抑制に踏み切った。
  • マレーシアにおける国内感染者数は5月29日時点で7600人強で、死亡率は全感染者数の1.5%に留まっているが、死者数の70%近くは60歳以上が占めていることから、高齢者が感染弱者となっている。特に、糖尿病・高血圧などの基礎疾患を有する高齢者での重症化が深刻である。
  • マレーシアでは、家族が高齢者の介護を担う文化的および宗教的な背景があり、日本や米国と比べて外部の介護サービスの利用率は低い。しかしながら、都市部においては独居する高齢者が増加しており、普段であれば近隣に住む家族が様子を見に行くことができたが、MCO発令中は訪問できず孤立しがちになってしまった。
  • 家族との繋がりを保つ施策として、通信会社テルコ社(Telco)はMCO期間中、利用者に一日あたり1GBの無料データおよび通信アプリ「Whatsapp」の無制限利用パッケージを提供した。本施策は政府の景気刺激策の一環で行われ、家族がチャットや無料通話で繋がりを保つことができるようになり、また、普段はデジタルツールを使わない高齢者がスマートフォンを利用するきっかけとなった。

 

 

 

さらに、パネルディスカッションでは以下のようなことも留意すべき点として挙げられました。

  • 高齢者の隔離について、感染拡大を防ぐメリットがある一方で、人との交流が減ることから認知機能の低下やうつ病の発症など精神面での弊害が懸念される。当面の健康への影響だけでなく、今後、新型コロナウイルスの隔離政策が高齢者の精神的健康にもたらした影響を研究し、長期的に支援していく必要がある。
  • 外出制限やテレワーク推奨により社会全体としてデジタル化が進められる中、マレーシアの無料データ提供の事例にあるように、政府と民間企業が連携して人々がデジタル技術を利用しやすい環境を整備することが求められる。一方で、デジタル技術に慣れていない高齢者が置き去りにされることのないよう、電話のようなオーソドックスな連絡手段も重要である。
  • パンデミックが引き起こした混乱は様々な差別・格差問題を浮かび上がらせ、各地で社会的分断を招き、高齢者に対してもエイジズム(ageism)とみられる差別的な批判が向けられた。エイジズムの助長で高齢者の命や人権が軽視されることはあってはならず、高齢者が社会の中で持つ役割についても再認識する必要がある。

 

 

※英語の開催報告はこちらから


 

【パネリスト略歴】

 

 

アイナ・ジャフィ (Ina Jaffe) 
米国ナショナル・パブリック・ラジオ(NPR) 記者

全米900以上のネットワークに配信されるラジオ放送局のベテラン記者で主として高齢化についてさまざまな角度から取材し放送している。カリフォルニア州の精神病院内での暴力についての取材では2011年に追求調査記者・編集者賞及びグレーシー賞を受賞。カリフォルニア在住。シカゴ生まれ。ウィスコンシン大学で学士、ディポール大学で修士号を取得。日本の人口減少、認知症、高齢者の雇用に関心を持っている。

 

 

林玲子
国立社会保障・人口問題研究所 副所長

東京大学保健学修士、東京大学工学士(建築)、パリ大学修士、政策研究大学院大学博士(政策研究)。セネガル保健省大臣官房技術顧問、東京大学GCOE「都市空間の持続再生学の展開」特任講師、国立社会保障・人口問題研究所国際部長などを経て2020年4月より現職。世界的な高齢化、人口移動、人口と開発、健康度・死亡率分析等の研究を行っている。厚生労働省社会保障審議会統計分科会疾病、障害及び死因分類部会員、生活機能分類専門委員会委員、国連人口開発委員会政府代表団員、日本人口学会理事などを務める。

 

 

モハッド・ロハイザ・ハッサン    (Mohd Rohaizat Hassan)
マレーシア国民大学(UKM)医学部 准教授

 

マレーシア大学にて学士号(医学)を取得後、マレーシア国民大学(UKM)で修士号(地域医療:疫学および統計学)、2019年3月には新潟大学にて博士号(医学)を取得した。マレーシア保健省の医学開発部のアシスタントディレクターを経て、2004年5月よりUKM医学部講師に着任。感染症疫学、中でも熱帯医学、新興・再興感染症、人獣共通感染症を専門とする。新型コロナウイルス流行下でマレーシア国民大学病院のCOVID-19対策局の委員を務める。

 

 

 

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