基調講演

自由民主党幹事長
加藤紘一


グローバル・シンクネット東京会議「グローバリゼーション時代のガバナンスの課題とシビル・ソサエティの役割」における基調講演(英文ページへ


今回、日本国際交流センターが主催する「グローバル・シンクネット東京会議」にお招きをいただき、世界のシンクタンクのそうそうたる代表者の方々に、お話をする機会を頂いたことは大変光栄なことだと思う。そして、今回の会議のテーマである「グローバリゼーション時代のガバナンスの課題とシビル・ソサエティの役割」について話をすることは、大変時宜を得たものである。実際に、われわれの社会のガバナンスに関する問題は、われわれ日本の政治の責任ある立場にあるものにとって、大きな関心事になりつつある。世論調査で、政治家と官僚に対する支持率がこれまでで最低水準に落ち込んだことは、日本の将来のガバナンスについての大きな懸念材料であることは間違いない。私は、この「ガバナンスとシビル・ソサエティ」というテーマについて最近随分考え込んで来たので、ここに自分の考え方をお話することによって、この会議でのみなさんの論議に多少とも貢献できるのではないかと思う。

まず最初に、日本のガバナンスが長年にわたり、多分に官僚に支配されてきたことは率直に認めざるを得ない。このことには2つの理由がある。一つは、これまで日本は西洋に追いつくことを唯一絶対の目標としてきた。そしてこの目標について明確なコンセンサスがあった時期には、官僚組織は極めてうまく機能していた。もう一つの要因はほかのアジアの国々でも見られることだが、日本の儒教的特性である。この文化的な伝統により、官僚は知識人であり、賢人であると見なされ、民衆はそれに従うべきだと考えられていた。おそらく、アジアの友人の皆様にはよく理解いただけると思うが、日本が近代化を成功裡に成し遂げた後も、選挙で選ばれた国家の代表であるであるにも拘わらず、政治家は、官僚にあえて立ち向かおうとはしなかった。非常に優秀な官僚が公益が何であるかを定義づけ、公益の唯一の保持・推進者であり、また資源配分の権限を独占していた。こうしたシステムは、キャッチアップ型の発展を目指していた時期には十分に機能しており、最近までうまくいっているように見えた。

以上述べたとおり、日本の政治家はおとなしく、官僚と良好な関係を保ってきた。自民党の単独政権が続いた38年間にわたり、われわれは官僚と緊密な関係を保っていた。この時期の日本の政治は、官僚支配の下にあったとの批判を受けたが、そうした側面もあったかもしれない。一方、われわれのなかには、官僚組織を与党にとってのお抱えのシンクタンクだと考える人たちもいた。私の先輩議員や政界の恩師の方々の同意がいただけるかどうかはわからないが、当時の政治は比較的単純だったと私は思う。つまり、当時の政治は、「約束の政治」であった。高い経済成長のため、われわれは公約のほとんどを実現できた。このシステムはうまく機能していた。しかし、キャッチアップを達成すると、このシステムに問題が生じるようになった。私個人としても風向きが変わったことを実感したのは、私と選挙区の人たちとの関係が変化してきたからである。このころになると、彼らとの懇談会の話題は、どの政策を選択したらいいかということになってきた。もし、彼らが一つの政策の選択肢を選ぶなら、ほかの選択肢をあきらめなくてはいけないことを言わざる得なくなった。選挙民との懇談は一種の交渉の場と化していったのである。そのころになると、わが国の政治も「選択の政治」の時代に入っていったのだと言えよう。

日本の官僚制度の問題もこのころから始まった。予算が増えなくなると、予算の配分をめぐって省庁間の縄張り争いが激化し、官僚は国益より省益を優先するといった批判が増え始めた。官僚の志気が下がるようになり、官僚が方向性を失ったことで倫理観が薄れ、政府高官を巻き込んだ最近のスキャンダルにつながったという見方もでるようになった。また、官僚による政策的失敗と思われるような事例も増えてき。かくして、官僚主導の社会システムに対する疑問が高まり、これが我々の社会システムのガバナンスの変革についての論議につながって来た。

当然のことながら、われわれ政治家は、政策策定を官僚に独占させることなく、われわれ政治家がもっと政策決定のプロセスに関わるべきだと感じるようになった。自民党が短期間、政権の座を退いて野党になった時、自民党としては、自分たちが官僚を独占していなかったことに気がつくことになった。その時、自民党は「われわれの」官僚たちが、かつて政敵であった野党による新政権をすすんで助けるのを暗澹たる気持ちで眺めることになった。この経験は、自民党と官僚の間の以前の関係を大きく変えることにつながった。われわれが政権に復帰した後も、官僚との関係は以前のようには戻らなかったのである。

われわれは政策決定過程により深く関わりたいという望みを持ったが、強力な官僚機構に対抗できる十分な力を政治家自身が持っていないということも明らかだった。一つには、官僚は政策に関わる情報を一手に握っている。第二に、官僚機構は専門分野に精通した極めて優秀な人材を抱えている。第三に、変化が見られるとはいえ、政治家、メディア、一般国民を含め、日本人の体制順応的な姿勢が官僚の権限を強化する結果をもたらしてきた。われわれは個人主義的な精神を養うことなく、また官僚が社会を支配することに何の抵抗も感じなかった。例えば、交通事故が起こったとすると、米国では部品になにか問題があったとして製造物責任法により、自動車のメーカーを訴えるだろう。日本では対照的に、自動車メーカーに対する監督不行き届きだとして通産省が槍玉にあげらる。その結果、通産省は自動車メーカーに対してより厳しい規制をかけることになる。

しかしながら、過去10年間にわたり、官僚は日本にとって新しいフロンティアを切り拓く創造的なアイディアを打ち出すことができなかった。かつては、「所得倍増計画」や「日本列島改造論」のように新しいビジョンは池田勇人とか田中角栄といった総理大臣がそれぞれ作り出したことになっている。しかしながら、実際には、これらのビジョンは官僚が作ったものだったのである。現在の官僚からは、このようなビジョンは出てきそうにない。さらに大きな問題は、1990年代の経済不況に官僚がうまく対処できなかったことである。それのみならず、基本的には問題を隠すような行動をとった。急速に進む高齢化に対しても、社会保障システムをどのように維持するかについての回答を持ち得なかった。

このようにして、もしわれわれが官僚だけに依存し続けるならば、日本が21世紀を迎えるために必要な革新的で効果的な政策を打ち立てることができないのではないか、という危機感が強まっている。いうまでもないことだが、私としても、長年にわたり、国家に多大の貢献をしてきた官僚制度に対して、それを全面的に排除すべきという立場に立つものでは毛頭ない。本来、政策を実施し、運営する役割を果たすことを任務とする官僚に対して、政策の選択を期待することはフェアーではない。そのような選択をするのは、国民の意志を代表する選挙で選ばれた議員の役目である。

もちろん、われわれが取りうるさまざまな政策のもたらす影響について検討するために官僚の協力を得ることは必要である。しかし、そのような作業において、もう一つの重要な要素は、独立したシンクタンク、NPO、そして民間フィランソロピーを含むシビル・ソサエティ組織である。日本の現状では、米国のようなシンクタンクが突然生まれ、政治家に政策分析やアイディアを提供し、官僚と十分に対抗できるような状況がすぐに実現するとは思わない。しかし、政策決定における官僚の支配はここ数ヵ月の間に、大きな曲がり角を迎えるに至った。一つには、今国会で、情報公開法が成立する可能性があることである。これまで官僚に独占されてきた情報への国民によるアクセスをどの程度行うかについて激しい議論が行われている。政府の透明性を高めない以上、官僚に対抗してシンクタンクが現実的な政策提言を行うことなどはとうてい不可能である。意志強固で伝統的な儒教観を気に止めずに官僚に立ち向かう政治家やジャーナリストがもっと増えることが必要ではあるが、すでに政治家とマスメディアに対する官僚の優越性が崩れ始める兆候が出始めている。私の見解では、大蔵省の最高幹部が辞任に追い込まれたことは、政治家と官僚の力のバランスの変化を示す画期的な出来事と言えるだろう。

官僚とそれに対する政治家、マスメディア、そして国民の間の力のバランスが変化し続けると、シンクタンクとそのネットワークは政治家や官僚と協力を行い始め、政治決定の基礎となる政策議論を日本社会に巻き起こす可能性がある。多様化する社会のなかでの複雑な課題に対処するためには、いろいろの代替案が必要とされているのである。

NGOやNPOはわれわれの社会では新しい現象で、社会的な認知をようやく受け始めたところである。長年の間、自民党は、イデオロギー対立の時代には、NGO(非政府団体)に対して否定的な見方をしてきた。非政府ということを反政府としてとらえがちだった。しかし、最近ではNGOやNPOが高齢者の在宅介護や環境保護、在住外国人支援、そして地域社会の国際化など、さまざまな分野で極めて重要な社会的役割を果たし始めている。そうした役割から政治的な役割を持つようになることは当然のステップと言える。

連立与党のパートナーである社民党やさきがけはNPOへの支援を行ってきており、自民党もこれらの党と協力して、独立した団体が容易に法人格を得ることができるNPO法案を成立させるために協力をしてきた。この法案は昨年6月、衆議院を通り、参議院でも近々可決される見通しとなっている。この法律が施行されれば、日本のシビル・ソサエティの発展に多大な貢献となると考えらる。

NPO自体は目新しいものだが、日本には人々が公共の利益のために奉仕する伝統がある。地方のコミュニティでは、“賢人”ともいえる長老の助言で、隣人どうしが互いに助け合う習わしがあった。コミュニティのなかでは社会的弱者を周囲が助けることが行われてきた。しかし、この仕組みは50年にわたる高度経済成長のなかで、官僚への依存が高まるとともに崩れてしまった。しかし、地域社会のなかでは、行政への依存から離れ、自助努力や相互扶助の精神の再生が始まっている。私の選挙区でも、多くの若者やエネルギーにあふれた女性がNPOに関わり、その活動に私も感銘を受けている。彼らは、住民のニーズに敏感で、変化の必要性も感じやすい人たちである。

シンクタンクのようなシビル・ソサエティは政策について研究・分析を行い、幅広い論議を起こす手助けとなり、国民の代表として政策決定を行う政治家に政策的選択肢を提示することも可能だ。そのような政策決定は十分な分析と建設的な論議に基づいた現実的な選択であることが求められる。

日本NPOやシンクタンクはまだ発展途上にある。同様のプロセスがアジアやほかの国では始まっている。今回の会議のように国境を越えてお互いに情報交換をし、励ましあうような機会は有益であると信じる。世界のシビル・ソサエティ組織の間での連携と協力は、それぞれの社会のガバナンスを強固にするとともに、国際社会のガバナンスを強化するものである。この会議での論議が有意義なものであるよう祈念し、また皆様の今後の一層の努力に期待したい。参加者の皆様が今後の活動を通じて、次の世紀に向けて国内のガバナンスと国際社会のガバナンスに多大の貢献をされるものと信じている。

(役職・肩書き等は当時のものです。)


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