活動報告

 

 

Vol.1 ウィズ&ポスト・コロナ時代のグローバルヘルスに関わる国際政治と日本―ソリダリティの再定義

東京大学公共政策大学院教授 鈴木一人

 

新型コロナウイルスは、これまでのグローバルヘルスの仕組みだけでなく、国際秩序そのものにゆさぶりをかけるきっかけとなった。これまでのグローバルヘルスの仕組みはリベラル国際秩序(Liberal International Order: LIO)の一部をなす仕組みと考えられており(1)、その中核には世界保健機構(WHO)と国際保健規則(IHR)があった。WHOとIHRは感染症などの人類の脅威となる病気に対して、国際社会が一致して対処し、人類が一丸となって立ち向かうという価値に基づき、各国の利益よりも人類益を優先した国際的連帯(ソリダリティ)を実現しようとしてきた。

 

通常、国家は自らの利益を最大化することが国際社会での振る舞いであり、他国で起きた問題は、その国で対処することが原則となっている。しかし、感染症は、国境を越えて広がり、他国で起こったことを防がないと自国に感染が及ぶという状況にある。言い換えれば、利己的な行為が利他的な行為によって達成されるという状況から、国際的なソリダリティが重視されるというユニークな価値を持っている。

 

さらに、ルールに基づく国際秩序の一画をなしてきたIHRでは、国際的な人やモノの移動を不必要に制限しないようにすることが求められてきた。これは自由貿易や人の自由移動を通じた国際社会の基礎的価値となってきた。ほかにもIHRには情報収集と共有、緊急時対応におけるWHOのリーダーシップ、科学に基づいた判断など、国家主権を尊重しつつも、権力による社会活動の制限を可能な限り小さくし、人権に配慮するという原則が掲げられてきた。

 

また、WHOとIHRによって構成されるグローバルヘルス・ガバナンスの秩序における国際的ソリダリティを体現するものとして、検査、ワクチン、治療薬の国際的な普及と支援が重要な活動として位置づけられてきた。日本も積極的に関与してきたACTアクセラレーターは、こうしたリベラル国際秩序を実現するための基礎となる活動であり、また、Gaviワクチンアライアンスなどと共催したCOVAXワクチン・サミット(AMC増資首脳会合)なども国際的ソリダリティの実現に向けたものであった。

 

しかし、これらの活動は、新型コロナウイルスから大きな挑戦を受けることになった。本稿では、ルールに基づいた国際秩序が新型コロナウイルスによってどのように影響を受け、グローバルヘルス・レジームがどのように変化していくのかを検討する。

 

安全保障としての感染症対策

グローバルヘルス・レジームに対して新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が大きな挑戦となったのは、これまで多くの感染症が途上国(ないしコアキャパシティの低い国)で起きていたのに対し、COVID-19は先進国(ないしコアキャパシティの高い国)でも起きたという点である。これまで感染症研究の最先端を走っていた欧米諸国で甚大な被害が生まれ、ワクチンや検査薬などの創薬能力の高い国々で感染が広がったことで、グローバルヘルス・レジームが想定していた「途上国を支援する先進国」という図式が崩れ、先進国が自らの感染対策に総力を尽くさなければならない状況となった。そのため、いわゆる「ワクチン・ナショナリズム」と呼ばれる現象が発生し、先進国が自ら開発製造したワクチンをため込み、自国のワクチン接種を進めるだけでなく、人口の数倍の量を確保することで途上国に分配されるはずのワクチンが十分流通しない状況となった。また、EUやインドのように、自国(地域)の感染状況が悪化すると、ワクチンの輸出を制限するような措置が取られることもあった。

 

さらに、IHRでは人やモノの国際移動を妨げないことが前提とされていたにもかかわらず、多くの国で他国からの感染流入を防ぐために水際対策として、人の往来を止め、出入国管理を強化した。これまでシェンゲン協定に基づき、国境の往来を自由にしていたEUにおいても、シェンゲン国境規則に基づき、多くの国で一時的な国境を越えた人の移動を制限する措置が取られ、何度か緩和したり引き締めたりしていたが、現在までEU域内の人の移動を制限している国もある。こうした人の流れを制御する仕組みは、ヒトーヒト感染が起きている感染症においては不可避な課題であり、今後の感染症対策としても、一定の合理性がある場合は認められるケースとなっていくだろう。

 

こうした例外的な措置が次々ととられ、これまでのグローバルヘルス・レジームとは異なる対応となったのは、COVID-19が「国家安全保障上の危機」と位置付けられたからであろう。しばしば国家は特定のグローバルガバナンスにかかわる問題を「安全保障問題化(Securitization)」と位置づけ、政治的なプライオリティを高め、政府の権限を強化してきた (2)。しかし、COVID-19の場合、政府が意図的に安全保障問題化したというよりは、多くの国でほとんど経験のないレベルでの感染力と致死性の高い感染症であるため、必然的に安全保障問題化したというべきであろう。

 

しかし、「ワクチン外交」と呼ばれる、ワクチンを外交上のツールとして国家の意思を他国に強要するような活動、いわゆる「エコノミック・ステイトクラフト (3)」の手段としてワクチンを活用するなど、感染症が安全保障問題化したがゆえの新たな国際関係のあり方も現れた。一方では、ワクチンが不足している国にワクチンを提供することによって国際的なソリダリティを演出しているように見せかけつつ、他方で、本来のグローバルヘルス・レジームでは想定されていなかった、ワクチン供与を戦略的外交手段として用いている。加えて、こうした行為は権威主義体制(とりわけ中国とロシア)のように、国内の接種よりもワクチンの輸出を優先することが可能な政治体制で強く見られる。しかし、中国やロシアが「ワクチン外交」を進めることで、他の国々もそれに対抗せざるを得なくなり、日米豪印によって構成されるQuadにおいても、ワクチン開発と国際的な提供が重要事項として作業部会を設置している。ただし、Quadにおいてはワクチン分配の国際的な枠組みであるCOVAXファシリティを活用した提供を行い、戦略的な「エコノミック・ステイトクラフト」の手段としては用いていない形になっている。とはいえ、提供先に関しては一定の要求ができるような調整を行い、COVAXとは別に二国間による提供も行っている。

 

感染症対策と「時間」

COVID-19は感染症対策における「時間」の問題も提起した。これまでワクチン開発は2‐3年かかると考えられていたものが、新型コロナウイルスのワクチン開発はmRNAという新たな技術によって想定されていた以上のスピードで進み、ウイルスが確認されてから一年も経たないうちにワクチンが開発され、しかもその有効性が90%を超えるものであった。こうした新たな技術によるワクチン開発のスピードは、今後の感染症対策においても決定的に重要なポイントとなり、感染症対策の切り札としてのワクチンが早い段階で投入できるとなれば、社会的介入(Non-pharmaceutical intervention)のあり方も変わってくるだろう。

 

逆に日本においては、ワクチン承認までの時間が長くかかった。これは予防接種法の改正に伴い、安全性の確認に相当な時間をかけたこと、また、緊急使用許可(EUA)のような仕組みがなかったことで、世界的にみてもワクチン接種が遅いという批判を受けることとなった。とりわけ、2021年の7月には東京オリンピックが開催されることが予定されていただけに、この遅れが後にオリンピック開催・再延期・中止をめぐる国内外の議論を引き起こす結果となった。

加えて、日本では、2020年2月というパンデミックの初期の段階でダイヤモンド・プリンセス号が横浜港に入港したことで、早い段階から感染症対策を迫られたが、その際、検査数が300程度と極めて限られており、乗客乗員全員を一度に検査することができなかったため、一日数百人に分けて検査し、日々感染者数を発表したために、船内で感染が拡大していくという誤ったイメージを広めることになり、日本の感染症対策に対する国際社会の視線が厳しくなるという問題もあった。

 

このように、感染症対策は常に時間との闘いである。どの段階でどのような措置を取るのかという「時間」の枠組みが極めて重要であるが、そうしたことが今回国際社会においても、また国内においても十分意識されてこなかった。感染症対策には迅速な対応と、状況に応じた柔軟な判断、そしてその判断を国民に知らせることで、行動変容を進めていくことが感染症対策にとって決定的に重要となる。また「時間」の枠組みを設定することで、感染症の収束に向けてのイメージをつかむことができ、ロックダウンや感染拡大防止措置としての外出自粛などをいつまで続ければよいのかという意識を持つことで、より社会的介入が安定した効果を発揮することになるだろう。

 

ポスト・コロナにおける「価値」

COVID-19は、グローバルヘルス・レジームを「安全保障問題化」と「時間」という二つの新たな要素を加える形で再構築しなければならないということを意識させることとなった。言い換えれば、これまでのように国際的ソリダリティを前提とし、先進国が途上国を支援するという枠組みで考えるだけでは不十分であるということを意識させることとなった。

 

しかしながら、感染症の本質が変わったわけではない。いくら「安全保障問題化」したからといって、一国だけ感染症対策を徹底し、ワクチン接種を完了しても、他国において感染が続き、ウイルスの変異が続けば、いずれまた再興感染症として立ち現れることとなる。そのため、一国の「安全保障」のためには、究極的にはグローバルな感染症対策をしなければならないという、利己的な行為が結果的に利他的な行為を導き出す関係は変わっていない。言い換えれば、これまでの国際的ソリダリティの考え方は、COVID-19の場合においても重要なテーマなのである。

しかし、今回のCOVID-19で明らかになったのは、医療ツールを提供する相手として誰を先にするのか、どのような優先順位をつけるのか、という問題であった。つまり、自国の感染症対策を優先し、自国のワクチン接種を進めた上で、COVAXファシリティのような国際的分配枠組みに提供するという優先順位があることを前提に、グローバルヘルス・レジームを構築しなければならない、ということである。

 

また「ワクチン外交」にみられるように、グローバルヘルス・レジームの外側にある、国際的な権力関係や対立構造がレジームの中に持ち込まれるということも前提とすべきであろう。従来、グローバルヘルス・レジームは極めて科学的で技術的なものと考えられてきたが、今後は政治的な駆け引きや対立といったことがパンデミックへの対処に入り込んでくることを意味する。その際に、グローバルヘルス・レジームが世界のすべての国家を巻き込み、協調して行動することを前提とせず、場合によっては有志連合や日米豪印によるQuadのような枠組みも活用しながら問題の解決を探っていくことが必要になる場合も出てくるであろう。またアフリカ連合などの地域機関と連携し、地域の安全保障としての感染症対策能力を高めていくことで、グローバルヘルス・レジームを構築していくということも選択肢として考えられるべきである。

 

今後、パンデミック条約やワクチンなどのサプライチェーンのあり方が議論されることとなるが、その際に、どのようにして、自国の「安全保障」の問題を、グローバルな「安全保障」の問題として認識するか、つまり、利他的な行為は、結果として利己的な目的に接合しているということを認識させるか、ということが重要になるだろう。そうすることによって、国際社会において、ルールに基づく安定した国際秩序を作る一角としてのグローバルヘルス・レジームとなっていくだろう。

 

[脚注]

(1)G.ジョン・アイケンベリー(細谷雄一監訳)『リベラルな秩序か帝国か:アメリカと世界政治の行方(上)(下)』勁草書房、2012年

(2)清水謙「スウェーデンにおける「移民の安全保障化」:非伝統的安全保障における脅威認識形成」『国際政治』第172号、2013年、87-99ページ
(3)鈴木一人「エコノミック・ステイトクラフトと国際社会」村山裕三編『米中の経済安全保障戦略:新興技術をめぐる新たな競争』芙蓉書房出版、9-32ページ

 

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鈴木一人「ウィズ&ポスト・コロナ時代のグローバルヘルスに関わる国際政治と日本―ソリダリティの再定義」グローバルヘルス・ガバナンス研究会ポリシーブリーフ「ポスト・コロナ時代の国際保健外交―日本の戦略を問う」日本国際交流センター. 2021-08-10. vol. 1.

 


ポリシーブリーフ「ポスト・コロナ時代の国際保健外交―日本の戦略を問う」は、グローバルヘルス・ガバナンス研究会(GHG研究会)のメンバーが、今後のグローバルヘルスにおける日本の役割を考える上で検討が求められる課題の論点を整理し、問題を提起することを目的に執筆しているものです。

 

 

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