活動報告

 

Vol.3 ウィズ&ポスト・コロナ時代におけるUHC戦略の課題

大阪大学COデザインセンター特任講師、科学技術外交推進会議委員

金森サヤ子

 

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が中国・武漢で確認されてから丸2年が経過しようとしている。依然続くCOVID-19との闘いに加えて、新たな感染症によるパンデミックのリスクに備えるために、世界各国は新たな国家戦略やグローバルな取組みを加速化させている。その一方で、日本政府がかねてより推進する、感染症を含む様々な保健医療課題解決の礎ともなり得るユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC)は、パンデミックへの備えや対応において、然程大きく位置付けられてはいない。本稿では、特にG7伊勢志摩サミット以降のUHCに関する政策論議の変遷を整理した上で、COVID-19の経験を踏まえ、ウィズ・コロナ、ポスト・コロナ時代におけるUHCの在り方について議論したい。

 

UHCと関連する概念は過去5年でどう変わってきたのか?

UHCとは、「すべての人が、効果的で良質な健康増進、予防、治療、機能回復、緩和ケアを含む必要な保健医療サービスを、負担可能な費用で受けられること」 と定義される(1) 。日本は1961年に日本版UHCともいえる国民皆保険制度を達成したことで、全ての国民が大きな経済的負担なく良質な医療を受けられる体制が整備され、更なる経済成長を後押ししたと共に、現在の長寿社会が築かれた(2)

 

世界保健機関(WHO)は2016年に、持続可能な開発目標(SDGs)とUHC(3)、保健システム強化(HSS)及びグローバル・パブリック・ヘルス・セキュリティ(GPHS)(4)の概念を図1の通り整理した。その後、2019年に開催された国連総会UHCハイレベル会合において採択されたUHCハイレベル会合政治宣言(UHC政治宣言)では、それまでSDGsの一ターゲット(SDG3.8)として位置付けられてきたUHCをより広く捉え、UHCはSDG3の基礎になり得ると同時に、SDGs全体を達成するために不可欠な要素であると再定義された(広義のUHC)。ここでは疾病別アプローチに加え、プライマリ・ヘルスケア(PHC)やGPHS等より多くの要素がUHCの傘下に整理された。同時に、2023年及び2030年をマイルストーンとした、UHC達成のための具体的なコミットメント にも世界165カ国及び10の関係機関等が合意した。

 

図1. SDGsの一部としてのUHCフレームワーク

出典:Denis Porignon, ”Health systems governance for UHC from global policy,” WHO, 2016(スライド発表より).

 

UHCとGPHS, HSSの実態と課題

では、COVID-19パンデミック以前において、UHC/GPHS/HSSを取り巻く政策論議にはどのようなものがあったのか。

 

従来、UHCは、保健サービスへのアクセス及び経済的保護(SDG3.8に係る指標)に係る取組みが重視されてきた。また、GPHSは、主に感染症対策に関わる国際保健規則(IHR)のコアキャパシティとされてきた予防・検知・対応、そして各フェーズにおける保健システムのキャパシティや技術が、そしてHSSは、WHOが提唱する保健システムフレームワークの6つの構成要素の強化を通じた臨床サービスの提供が重視されてきた。しかしながら、例えばUHCとGPHSは、潜在する健康やそれに伴う経済的リスクを回避することを目指している点、また人権保護という観点においては共通している。両者の間で、そのリスク回避がUHCの場合は個人レベル、GPHSの場合は集団レベルであること、また優先順位付けが、UHCの場合は国内、GPHSは主に国外(低所得国)支援という文脈で用いられることが多かったという相違点はあるものの、それぞれ個別の政策とそれに紐付く取組みを続けていくのではなく、相乗効果を発揮することを目指すべきではないのかとの指摘がなされてきた(5)。また、HSSについても、UHCに関連する要素は多く含まれているものの、例えばIHRのコアキャパシティの要素を組み込むことによってGPHSの強化にも資するよう再定義する必要があるのではといった指摘がなされてきた(6)。即ち、UHC/GPHS/HSSという3つの概念を有機的に紐付けるようなフレームワーク構築の重要性が、かねてから提起されてきていた。また、これら3つの概念の評価枠組みを見てみると、UHC、GPHS共に、特にジェンダーやエスニシティなど健康の社会的決定要因(Social Determinants of Health: SDH)や脆弱な層への取組みの視点が抜け落ちている点が指摘されてきた(7)

 

このような中、UHC/GPHS/HSSを有機的に紐付けるフレームワークを構築しようという試みもなされてきた。その一つがコンセプト分析である。UHC/GPHS/HSSに含まれる要素をマッピングし、その共通点・相違点を整理すると、三者に共通する要素は保健人材、医薬品へのアクセス、そして保健財政及び財政的リスクからの保護であり、まずはこうした要素を強化することによって、UHC/GHS/HSSを包括するようなフレームワークを構築できるのではないかとの主張がなされてきた(8)。また、GPHSの評価ツールである合同外部評価(IHR合同外部評価; Joint External Evaluation:JEE) と、保健サービス提供体制・状況調査ツールであるSARA(Service Availability and Readiness Assessment)の合同評価を行うことで、これらを紐付ける要素を特定し、三者を包括するようなフレームワークを構築し得るという、評価枠組みから分析する手法も提起されてきた 。そして最後に、UHCとGPHSを有機的に紐付けていると評価されている個別のプロジェクトの成果や評価軸を分析し、UHC/GPHS/HSSを包括するようなフレームワークを構築の参考とするといったケーススタディ分析も可能であろう。

 

こうした試みの一方で、UHC/GPHS/HSS間のシナジーが生まれない背景には、国家の利己主義が働いていることが原因なのではないかといった指摘もしばしばなされてきた。ドナー各国の思惑によって国際協力が断片化・分断化し、相乗効果の欠如に繋がっているというわけだ。加えて低・中所得国の援助依存も問題視されていることからも、中立的な立場である国際組織がそのパワーバランスを均衡化すべきといった見解もある。

 

COVID-19が明らかにしたUHCの課題

では、COVID-19パンデミックは、新たにどのようなUHCに関連する課題を明らかにしたのだろうか。

 

まず、COVID-19対応においてUHCは重要な役割を果たすといった報告がなされていること(9)、また、国連事務総長やWHO事務局長から、今般の危機に際してUHCの重要性が改めて喚起されている2ことからも、UHCの達成は喫緊の課題であることを強調したい。

 

一方で、かねてから指摘されてきた通り、GPHSの強化、そしてそれを通じた健康な社会の構築は、日本での経験を含め、HSSを通じた狭義のUHCの達成では実現し得ないことが明らかになった。ウィズ・コロナ、ポスト・コロナ時代においては、まず、GPHSとの関係性を改めて強調する形で、広義のUHCを、例えばUHC for Wellbeingといった形でリブランドする必要があろう。また、それに紐付く形で、HSSやPHC、SDHなど関連する概念の整理と再定義も必要であろう。

 

近年、HSSの概念については、ライフコース全体を通じて健康を良くしていくシステム構築をすべきであり、それがUHCの強化やパンデミック対策にも資するとの主張もなされている。これは世界に先駆けて超高齢社会を迎え、地域包括ケアシステムを進めている日本にとっては馴染みのある考え方である。また、WHOが2019年に発表した組織改編によって新設された3つのUHC関連の部署のうち、1つはUHC/ライフコースであることからも、日本がリーダーシップを発揮し得る領域の一つではなかろうか。また、人間の安全保障の位置付けも忘れてはならない。実際、COVID-19パンデミックは、例えば日本では出生率の減少や、失業者、自殺者の増加などとの関連性も指摘されており(10)、マルチ・セクター、マルチ・ステークホルダーとの協働の重要性が改めて喚起されている。

 

更に、リブランドされたUHCの概念と実践を繋ぐためにも、特にGPHSとの関係性に焦点を当てた具体のコミットメントと、それに紐付く評価指標及びモニタリングと評価枠組みの設定が必要であろう。2019年に世界165カ国及び10の関係機関等が合意した広義のUHCと、その数値目標を含むコミットメントは全てGPHS強化に資するものではあるものの、必ずしもGPHSに焦点が絞られているわけではない。UHCを推進する国際的な官民パートナーシップであるUHC2030によるUHCのモニタリングも、現状、狭義のUHCの評価指標(SDGsターゲット3.8.1及び3.8.2)が用いられている。UHC達成のための計画策定や実践に関しては、拘束性をもつ国際ルールが設定されているわけではなく、基本的に各国に委ねられているため、より具体的なコミットメントとモニタリング評価のための指標設定が重要となってくる。

 

最後に、このようなコミットメントを実現していくためにも、抜本的な財政改革とバランスの取れた資源動員を促進するような取組みは引き続き重要である。上述した通り、特に低・中所得国の援助依存やドナー各国の思惑による細分化された援助は、これまで以上にUHCとGPHSの分断を助長しかねない。同時に日本においても、COVID-19によって国家と地方行政の軋轢が露呈した。国内、国家、地域、そしてグローバルそれぞれのレベルにおける調整メカニズムの強化と共に、UHC政治宣言で合意された「PHCを中心に医療への公的支出を国の状況に応じてGDPの1%以上増やす」ための取組みを引き続き実践すること、そして調達した資金を、現地のニーズに応じてバランス良く配分する仕組みを構築することが今後益々必要となってくる。

 

[脚注]

(1)WHO. Primary Health Care on the Road to Universal Health Coverage, 2019 Global Monitoring Report, 2019. https://www.who.int/healthinfo/universal_health_coverage/report/uhc_report_2019.pdf (2021年9月19日アクセス)
(2)江副聡, 2020. UHC 主流化に向けた国際動向と日本の取組み ―国連総会 UHC ハイレベル会合を中心として. 城山英明編著, グローバル保健ガバナンス, 東信堂, pp.135-165. 
(3)本稿では、UHCハイレベル会合以前のUHCの概念を、狭義のUHCと定義する。
(4)本稿では、GPHSを、ヘルス・セキュリティのうち、より国家間を超える脅威を対象とし、国家を超えた地域やグローバルな対策や対応能力に焦点を当てたグローバル・ヘルス・セキュリティ(GHS)に、IHR改訂に伴うオール・ハザード概念を反映させた概念と定義する。
(5)Wenham C, Katz R, Birungi C, et al. Global health security and universal health coverage: from a marriage of convenience to a strategic, effective partnership. BMJ Glob Health 2019;4:e001145. doi:10.1136/ bmjgh-2018-001145
(6)Kluge H, Martín-Moreno JM, Emiroglu N, et al. Strengthening global health security by embedding the International Health Regulations requirements into national health systems. BMJ Glob Health 2018;3:e000656. doi:10.1136/ bmjgh-2017-000656
(7)Mahajan M.Casualties of preparedness: The Global Health Security Index and COVID-19. International Journal of Law in Context, 2021, 17(2), 204-214. doi:10.1017/S1744552321000288
(8)Erondu NA, Martin J, Marten R, Ooms G, Yates R, Heymann DL. Building the case for embedding global health security into universal health coverage: a proposal for a unified health system that includes public health. Lancet 2018; 392: 1482–86.
(9)Lee H, Lee JR, Jung H, Lee JY.Power of universal health coverage in the era of COVID-19: A nationwide observational study. The Lancet Regional Health-Western Pacific,2021;7:100088.
(10)岩澤美帆、小池司朗、林玲子、別府志海、是川夕. 新型コロナウイルス感染拡大と人口動態:何が分かり、何が起きるのか. 国立社会保障・人口問題研究所, 2021; 51: 1-42.

 

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金森サヤ子「ウィズ&ポスト・コロナ時代におけるUHC戦略の課題」グローバルヘルス・ガバナンス研究会ポリシーブリーフ「ポスト・コロナ時代の国際保健外交―日本の戦略を問う」日本国際交流センター. 2021-10-7. vol. 3.

 


ポリシーブリーフ「ポスト・コロナ時代の国際保健外交―日本の戦略を問う」は、当センターが東京大学未来ビジョン研究センターと共同で実施しているグローバルヘルス・ガバナンス研究会(GHG研究会)のメンバーが、今後のグローバルヘルスにおける日本の役割を考える上で検討が求められる課題の論点を整理し、問題を提起することを目的に執筆しているものです。なお、本研究会は、外務省の令和3年度外交・安全保障調査研究事業費補助金(総合事業)を得て実施しています。

 

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