活動報告

 

Vol.5 パンデミック条約の射程と限界―IHR、WHO条約、その他の多国間条約・制度の役割分担の観点から

東京大学公共政策大学院教授・未来ビジョン研究センター長 城山英明

 

現在WHO(世界保健機関)においては、COVID-19への対応の中で明らかとなった課題を踏まえて、いわゆるパンデミック条約の必要性や課題の検討が進みつつある。具体的には、たばこの規制に関するWHO枠組条約(WHO Framework Convention on Tobacco Control : FCTC)をモデルとして、WHO憲章第19条に基づく条約や協定等を新たに締結する可能性について検討されている。他方、新たな条約や協定等ではなく、既存のIHR(国際保健規則)の改正で対応すべきとの議論も米国を中心に根強い。本稿では、IHR改定、WHO憲章第19条に基づく条約あるいは協定、その他の多国間条約・制度といった国際枠組の選択肢について幅広く検討することとしたい。

 

国際枠組の検討状況

パンデミック条約で対応すべきかどうか、どのような国際枠組を活用すべきかについて検討するには、まずは今回のCOVID-19対応の中で明らかとなった具体的課題を特定し、その課題に対応するのに適切な国際枠組を詰めていくというのが基本的なアプローチと考えられる。以下で示すような調整やガバナンスの課題があり、多くの課題は分野横断的なものである。そのため、渡航制限についてはWTO(世界貿易機関)との調整、One HealthについてはOIE(国際獣疫事務局)やFAO(食糧農業機関)との調整が必要となる。こうした分野横断的な課題に対しては、WHOのみの管轄範囲を越えるため、WHO憲章第19条に基づく条約・協定等に限定せず、国連等その他の組織・制度で対応すべきという意見があるのは正論と言えるだろう。他方、現実の政策過程においては、WHOにおいてパンデミックへの備え・対応のためのWHO強化のためのワーキンググループが設置され、WHO強化に焦点を当てた具体的な選択肢の検討が進んでいる。そのような中では、実現される可能性のある新たな法的枠組にどのような要素を日本として埋め込むのかという観点からの戦術的検討も必要である。

 

現在、G20でも調整枠組ついての議論が進められており、G20ハイレベル独立パネルでは鍵となるアクターを統合するメカニズムの必要が認識され、体系的な財務的モニタリングや保健と財政分野の連携のための世界保健脅威委員会(GHTB:Global Health Threats Board)を設立するという提案が行われた(G20 2021)。しかし、2021年10月末にローマで行われた第3回G20財務・保健大臣合同会議では、財務・保健当局の連携強化等を⽬的としたG20 財務・保健合同タスクフォースの設⽴に合意するにとどまっている。また、国連本体においても、例年12月に出されるglobal health and foreign policyに関する国連決議等において何らかの要素が埋め込まれる可能性はあるが、現在のところ具体的な動きは見られない。エボラ出血熱の時には、国連事務総長主導で国連ハイレベルパネルが設置され、報告書が作成されたが、今回はWHOの動きを見守っている状況と言える。

 

国際枠組の選択肢

どのような国際枠組を選択すべきかについては、必ずしもWHO憲章19条に基づく条約等にとらわれるものではないと考えられる。確かに、WHO憲章に基づく条約となれば、一元的にWHOをハブとした体制が作られ、また、たばこ規制の例に倣い枠組条約を策定する場合には、議定書と組み合わせることで一定程度の柔軟な対応を確保することができる。ただし、WHOの管轄を超えた課題についてどの程度実効性を確保できるのかという課題がある。他方、国連ベースの条約であれば、より幅広い分野をカバーできるが、より多くの主体との調整が必要となり、策定プロセスが長期化する可能性もある。また、独立した多国間条約を締結するという可能性もある。さらに、G20ハイレベル独立パネルの検討においては、国際金融危機の際に作られたFinancial Stability Board(FSB)が1つのモデルとされていた。FSBをモデルとするのだとすると、そもそも条約という形式にしないでソフトロー的なものを基礎に組織を立ち上げる可能性もあるだろう。FSBはチャーターという形式で設置されているが、このチャーターに署名しているのは各国の政府代表ではなく各国の財務省や中央銀行の代表である。

 

現状では、IHR改正でできることはIHR改正で対応し、IHR改正できなければパンデミック条約で対応するという方向で検討が進んでいると見られる。米国のブリンケン国務長官等が公表した論考によれば、IHRの改正と条約、両方の可能性を追求することはあり得るとした上で、短期的な対応が可能なのはIHRの改正であるとし、4つの項目(早期アラート・警告の共有、迅速な情報共有、IHRの履行強化と履行確保、迅速なアセスメントと対応の強化)についてはIHRの改正で対応すべきと述べている(Blinken and Becerra 2021)。また、米国はIHRの改正の方が迅速な対応が可能だとしているが、その点については、ドイツの政策形成にも関わるキックブッシュ教授からは反論が出されている(Cullinan 2021)。他方、EUも8月末時点で、IHRでできる部分があることを許容している。その上でIHRではカバーできない項目として5つ(公平なアクセス、データ・サンプルの共有、感染爆発地域へのアクセス、感染爆発地域へのグローバルな支援、渡航・貿易阻害措置)を挙げている(EU 2021)。WHOのワーキンググループの2021年11月12日時点でのWHO総会特別セッションへの報告書案においても、パンデミック条約に相当するWHO条約・協定・その他の国際的手段に関する政府間交渉機関を設置するとともに、IHR強化の提案をワーキンググループが発展させることを提言するという両睨みの路線が示されている(WHO 2021)。これまでWHO条約の中身に関する議論は十分ではなかったが、今後、WHO条約として規定することに意味のある項目を詰めてくことになろう。

 

パンデミック条約の妥当性

先にも述べたように、One Healthにせよ渡航制限にせよ単一セクターでは対応できない課題に対して、本来的にWHOの下でのパンデミック条約が適当なのかについては議論の余地があるが、IHR改正と比べた時に、パンデミック条約は合意する国だけで構成することになり、一定数の加盟国による判断で内容が決まるため、プロセスとしては円滑に進みうるともいえる。加えて、例えばWHO憲章に基づく枠組条約の中ではWHOの管轄範囲のことしかできないのかというと、一定程度の関連セクターまで含めて対応することは考えられないことではない。例えばたばこの規制に関するWHO枠組条約を見ると、流通・販売・輸出入・税制にも言及しており、密輸に関する議定書等を締結している。このような形で、WHO枠組条約としつつ、関連する条項については別途議定書等で定めることで、幅広く参加機関を確保することはありうる。その場合、WHO憲章に基づく条約等が適当かどうかは、たばこ規制に関するWHO枠組条約同様、その枠組の諸要素がWHOの管轄事項である健康影響をコントロールすることに紐付けられるか否かによるだろう。今回も最終的には健康影響をコントロールすることに紐づけられるのであれば、その下で、関連条項を書き込むことは可能であると思われる。但し、2005年のIHR改正においてオールハザードアプローチが導入された際に、安全保障上の感染も対象とすることで、関連機関(IAEA、OPCW)との連携が難航したともいわれている。WHO憲章に基づく枠組の中で関連機関と連携を取る際には、困難が生じることも予想される。

 

WHO憲章に基づく条約等でできることはあるが、そこでカバーできないこともある。例えば調整については、IPPPR(The Independent Panel for Pandemic Preparedness and Response)が提起したGHTC(Global Health Threats Council)については、WHO憲章に基づく条約に関する議論においては具体的には触れていない。もしこのアイディアに真剣に取り組むのであれば、国連の枠組で対応せざるを得ないものと考えられる。また、G20ハイレベル独立パネルで提案された財務大臣・保健大臣合同会議であるGHTB(Global Health Threats Board)をWHO憲章に基づく条約等に直接接続することもなかなか難しく、かなりの工夫を要するのではないかと思われる。また、現時点でもIMF、世界銀行、WHO、WTOによる一定の連携が行われているが、そういったものも別途継続する必要がある。

 

結び―内容に関する実質的議論の重要性

これまで、国際枠組の選択肢について論じてきたが、IHRの改正を目指すにしろ、WHO憲章に基づく新たな条約等としてパンデミック条約を目指すにしろ、日本としてどういった要素を埋め込んでいくのかというのが実質的には今後の重要な検討課題となる。予防や備えの要素としてUHCに関連したモニタリング指標を盛り込んでいくこと、あるいはコミュニティの強化といったUHCの新しい要素を埋め込んでいくということは重要な要素となろう。また、パンデミック条約の枠外となる可能性も高いが、G20ハイレベル独立パネルで提案されたGHTB(Global Health Threats Board)については、日本が主導して2019年に開始したG20財務大臣・保健大臣合同会議を制度化するという観点で進めていく意義はあろう。これまで、欧州を中心にパンデミック条約策定自体が自己目的化する中で議論が進んできたという側面もある。そういった状況の下で、プロセスの透明性を高めるとともに、具体的に何を埋め込んでくのかについてきちんと議論する空間を地道に構築していくことが必要である。

 

参考文献

 

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城山英明「パンデミック条約の射程と限界―IHR、WHO条約、その他の多国間条約・制度の役割分担の観点から」グローバルヘルス・ガバナンス研究会ポリシーブリーフ「ポスト・コロナ時代の国際保健外交―日本の戦略を問う」日本国際交流センター. 2021-11-30. vol. 5.

 

ポリシーブリーフ「ポスト・コロナ時代の国際保健外交―日本の戦略を問う」は、当センターが東京大学未来ビジョン研究センターと共同で実施しているグローバルヘルス・ガバナンス研究会(GHG研究会)のメンバーが、今後のグローバルヘルスにおける日本の役割を考える上で検討が求められる課題の論点を整理し、問題を提起することを目的に執筆しているものです。なお、本研究会は、外務省の令和3年度外交・安全保障調査研究事業費補助金(総合事業)を得て実施しています。

 

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