活動報告

Vol.7 国際的な感染症対応における義務履行確保―制度的選択肢と検討要素

世界保健機関(WHO)コンサルタント、東京大学特任研究員 武見綾子

 

感染症は国境を超える課題であり、国際的な協力が極めて重要である。一方、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の脅威によって改めて明確となったように、狭義の強制権限の担保が困難な国際社会において、国際的な義務の設定および履行は困難な側面がある。現在議論の進むパンデミック条約や国際保健規則(IHR: International Health Regulation)の改正論議においてもこの点は最も注目すべき点の一つとして取り上げられており、今後の議論においてさらなる精緻化が求められている状況にある。本稿では義務履行確保のあり方について概観するとともに今後の選択肢につき仮説的に検討する。

 

国際社会における感染症対応(1)への「義務」

国際的な感染症対応の義務には非常に多様な側面があるが、主要な点としては、①適時の感染症状況に関わる情報についての適切な共有、②感染の国際的拡大を一定程度防ぐに足る感染後の基本的な対応、を挙げることができる。

 

①について、IHRは国際的な公衆衛生上の脅威となりうる全ての事象(PHEIC: Public Health Emergency of International Concern)について、加盟各国にPHEICを検知してから24時間以内の通告を義務化している。同義務が2005年に明文化された背景には2003年SARSも踏まえた新興・再興感染症への危機意識や、それを踏まえた国際的なネットワークの発展があった。しかし、COVID-19の例で詳らかにされたように迅速な国際的情報共有にはいまだ課題が多く、複数の改善案が提示されている。

代表的なものはWHO等国際的専門家チームの調査派遣制度の強化であり、発生直後の派遣実施及びこれに伴うWHOの権限強化の双方が議論されている。これらの改善案の背景には、初期的に国際的コミュニティの介入・協力を得ることで情報が直接共有される点だけではなく、事後的な調査能力の強化によって意図的な情報共有の遅滞を避ける点への期待もある。既にWHOは2021年10月13日、新規病原体の起源に関する科学諮問グループ(SAGO: Scientific Advisory Group for the Origins of Novel Pathogens)の新設とメンバーとなる専門家26人を発表しているが(2)、このチームの位置づけについては議論が続いている状況である。国際的な調査チームの位置づけを巡っては明示的により強い権限を持たせるべきとする立場と、必ずしもそれを支持しない立場が存在し、運用面も含めてどの程度の役割が果たされるかは未知数である。

加えて、早期の国際的情報共有を可能とするサーベイランスメカニズムの導入及び確立が必要であることは明示的に認識されている。IHR 検証委員会、パンデミックへの備えと対応のための独立パネル(IPPPR: Independent Panel for Pandemic Preparedness & Response) における指摘もあり、G7などにおいて各国間での課題意識の共有がはかられた。ASEANなど地域的なサーベイランス能力強化・状況共有枠組みも重要であり、日本も積極的に貢献している。

サーベイランス能力を含むあらゆる国際的な義務の履行確保にあたっては、まず基本的な能力強化が不可欠である。実際、COVID-19の事例では、特に感染拡大初期段階において検査能力の限界によって基本的な状況把握が困難となる事例が途上国に限らず相次いだ。その観点からは、前述の①と②は密接に関連した関係にある。

②に挙げた感染の国際的拡大を一定程度防ぐに足る感染後の基本的な対応を考えるにあたり、基本的な対応を可能にする「キャパシティの確保」はより広くとらえる必要がある。つまり、純粋な「感染症対応」という側面に限ってみても、狭義の感染症「対応」能力だけではなく、保健システムや平時体制の整備が重要であることが詳らかになった。加えて、COVID-19の状況によっても明らかなように、大規模感染症は社会的・経済的影響が大きく、政治・金融も含む分野横断的な体制整備の必要性も強調されることになった。

 

キャパシティ確保のための国際的モニタリングメカニズム―選択肢と検討要素

さて、②を確保するにあたり、確認のための国際的なモニタリングメカニズムの強化ないし導入が必要となるところ、どのような点が検討されるべきであろうか。

 

まず、合同外部評価(JEE: Joint External Evaluation)の再検討が考えられる。JEEは、IHRの履行能力を、各国政府とWHO外部評価団が合同で評価し、改善に向けて優先的に取り組むべき課題を明確にする取組であり、19分野の評価項目に対してそれぞれ5段階評価を行い結果はWHOにより「外部評価書」としてとりまとめられる(3)

JEEはこれまでに少なくとも113か国で実施されている大規模なものであり(4)、これによってドナー国や国際機関、また各国政府の政策立案に重要な情報を提供することで効果的な支援や政策の改善に貢献し、その取り組みや成果は高く評価されてきた。一方、さらなる改善の余地があるとの指摘もある。例えば、JEEは基本的に感染症対応能力に重点が置かれており、治療や患者管理、健康危機時のサージ・キャパシティや持続可能性など、さらに広範な視点の導入余地があるのではと指摘される(5)(Erondu, 2018)。また、より一般的にJEEは感染症対応に焦点を絞りある程度客観的に判断可能な指標を主な対象とするため、保健システム・コンプライアンスといった広範な視点を十分にはカバーしていない。

COVID-19の脅威を通じ、ヘルスアクセスの不平等性(地域的不平等性含む)や保健システムのマネジメント上の課題が被害状況に大きな影響を及ぼすことが確認されるとともに、レジリエントな体制構築が不可欠であることが明確になった。感染症対応という側面に絞ったとしても、例えばUHCの要素を含むより広範な視点を導入することが重要であり、この観点からの指標再検討や他指標との連携が期待される。

JEEは感染症対応能力に関わるモニタリングメカニズムとして最も代表的なもののひとつであるが、狭義の感染症対応に関わる”Health Security”分野や保健分野を超えた分析も踏まえて、新たなレビューメカニズムの導入も選択肢として提起されている。

例えば、IHR検証委員会では、Human Rights Councilのピアレビューメカニズム(Universal Periodic Review: UPR)を素材として、”Universal Health Periodic Review: UHPR”の案がIHRの履行確保メカニズムとして提示され、パイロットスタディが開始されている。UPRでは国からの報告書及び国際連合人権高等弁務官事務所(OHCHR: Office of the United Nations High Commissioner for Human Rights)の専門家からのレポート、NGO含むステークホルダーのコメント等によりレビューが行われており、UHPR導入の場合類似の制度が設定される可能性がある。現段階では導入の有無も含め内容が明確ではないが、こういったより詳細な制度的・ないし比較制度的アプローチを可能とする定性的なレビュー/モニタリングメカニズムは有益と考えられる。というのも、特に先進国の制度をも含めてレビューするにあたっては、世界全体で同一の基準を用いた定量的な指標を利用することには限界がある可能性があるためである。COVID-19の経験の最大の特性の一つは、これまで感染症対応に高い能力を有していると考えられており、また多くの保健関連の定量指標においては高い水準を示してきた先進国が実際の脅威に直面した点にある。モニタリングやレビューにおいて一貫性や客観性が重要であることは言うまでもないが、評価能力の限界や感染症の特性や多様性も踏まえ、各国の制度的特性の抽出など、より柔軟な評価方法が検討される必要がある。

また、IPPPRやG20ハイレベル独立パネル(HLIP: The G20 High Level Independent Panel)からは、特にパンデミックの経済的な対応能力に関して IMF4条協議の活用が提案されている。HLIPはさらにThe Health Security Assessment Program (HSAP)と呼ばれる保健システムレビューのための新たなプログラムを提案し、これを4条レポートに反映させることを期待している。IMF側も、近年気候変動を始めとして純粋なマクロ経済分野に留まらない総合的なサーベイランスを実施することに積極的であり、特に資金的な柔軟性、動員能力確保、インセンティブ確保などの観点からはマクロ経済的指標と保健分野を紐づけることのメリットは小さくない。一方、保健分野は気候変動分野ほどマクロ経済との直接的関連性がない点、感染症はそのインパクトや特性による不確定要素が多い点、4条協議実施にあたっての負担が過剰になる点など、課題も認識されているところである。

具体的な議論は現時点では留保されているが、パンデミック条約においてより強固なヘルスシステムの構築に向けたモニタリングや介入について取り扱うとの選択肢も議論されてきた。

 

今後に向けて

国際的な義務履行確保は、内容如何を問わず、国内の判断へのある種の介入と取られたり、国際的な評判棄損の懸念を生じさせたりといった点で、一筋縄では行かないことが多い。また、そういった懸念に起因して合意形成自体が困難となったり、外形的には合意してもモニタリング実施時に実質的な機能を果たしにくくなり、形骸化したりすることも少なくない。

感染症分野については、現在、モニタリングやレビューメカニズムを強化する必要性は国際的に認識されているが、政治的なセンシティブさや、レビューそのものの困難によって内容の具体化には時間を要する可能性がある。特に、COVID-19がつきつけた先進国の感染症対応への課題、早期通報の困難に関する課題はセンシティブな領域であり、また途上国の能力強化についてはインセンティブ確保の困難も指摘される。パンデミックが長期化する中、関連する国際的な主体の対象もさらに広がっているが、どのような主体がどのような方法で履行を確保することが合意可能性、インセンティブ確保、継続可能性、有効性確保等の観点から適切であるのかを考慮の上、必ずしも国際的な単一主体による履行に拘泥せず、戦略的に制度を選択し、国内・国際の連携によって履行確保、特にモニタリング実施に必要な要素をカバーしていく必要があると考えられる。

 

[脚注]

(1)Prevention, Preparedness, Responseを含み、狭義の対応(Response)に限られない
(2)World Health Organization, 2021, WHO Announces Proposed Members of its Scientific Advisory Group for the Origins of Novel Pathogens (SAGO), 13 October 2021, accessed on 27 November https://www.who.int/news/item/13-10-2021-who-announces-proposed-members-of-its-scientific-advisory-group-for-the-origins-of-novel-pathogens-(sago)
(3)World Health Organization (2016) Joint External Evaluation Tool, accessed on 27 November https://apps.who.int/iris/bitstream/handle/10665/204368/9789241510172_eng.pdf?sequence=1 ; 厚生労働省(2018) JEE(IHR合同外部評価)の外部評価書公表について accessed on 27 November https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_01449.html

(4)2021年11月2日現在。World Health Organization JEE tracking tool https://extranet.who.int/sph/jee 
(5)Erondu, N. A., Martin, J., Marten, R., Ooms, G., Yates, R., & Heymann, D. L. (2018). Building the case for embedding global health security into universal health coverage: a proposal for a unified health system that includes public health. The Lancet, 392(10156), 1482-1486.

 

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武見綾子「国際的な感染症対応における義務履行確保-制度的選択肢と検討要素」グローバルヘルス・ガバナンス研究会ポリシーブリーフ「ポスト・コロナ時代の国際保健外交―日本の戦略を問う」日本国際交流センター. 2022-1-20. vol. 7.

 


ポリシーブリーフ「ポスト・コロナ時代の国際保健外交―日本の戦略を問う」は、当センターが東京大学未来ビジョン研究センターと共同で実施しているグローバルヘルス・ガバナンス研究会(GHG研究会)のメンバーが、今後のグローバルヘルスにおける日本の役割を考える上で検討が求められる課題の論点を整理し、問題を提起することを目的に執筆しているものです。なお、本研究会は、外務省の令和3年度外交・安全保障調査研究事業費補助金(総合事業)を得て実施しています。

 

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