活動報告

 

Vol.17 グローバルヘルス・ファイナンシングとガバナンス―状況と課題 

世界保健機関(WHO)コンサルタント、東京大学特任研究員 武見綾子

 

グローバルヘルス・ファイナンシングの課題

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)対応においては、これまで継続的に課題となってきたグローバルヘルスに対するファイナンシングの問題の重要性が改めてつきつけられた。この課題は多岐にわたるが、①資金面の調達絶対量の不足、に加えて、②アクター・対象課題のさらなる多様化に伴うガバナンス(調整含む)実施困難、③支出可能な範囲における各分野への「必要資金額」特定の困難、なども指摘されている。

 

①について、例えば国際通貨基金(IMF)はグローバルレベルでのCOVID-19対応、特に世界的なワクチンや個人用防護具(PPE)、検査機器の普及において総計150億米ドルが追加的に必要であるとのレポートを昨年発表した (1) 。これはブースター接種の必要性が十分に認識される前の推計であり、同様のロジックで計算した場合、さらなる上積みが必要とされると考えられる。また、ACTアクセラレーターは、2021年末時点の必要資金に対する不足額が約233億米ドルに達すると推計している (2)。これ以外にも、COVID-19及び感染症一般に対する多くのグローバルな検証委員会の報告が大規模感染症対応における必要資金の不足を計測・主張している。

 

②について、2000年代から始まったグローバルヘルス分野における援助チャネルの多様化は顕著であり、特に世界銀行を始めとする国際開発金融機関やGaviワクチンアライアンス(Gavi)、感染症流行対策イノベーション連合(CEPI)といった新たな枠組み・取り組み等が伸長してきた。世界銀行グループの緊急のコロナ対策支援は2021年6月までの初期のもので危機対応として過去最大の1,570億ドルに急増した (3) ,(4) 。これは調達額や支援額の増加の観点から基本的にはポジティブな影響があり、またグローバルヘルスの問題が狭義の健康課題に留まらない中で多様な支援形態を確保するという観点からも有意義な面があった。一方、これらのような多様なアクターの参入と強化支援は支援チャネルの複雑化も意味し、相互に十分に調整された支援や投資が行われているかを全体として見通し、さらに国際的に多分野で適切な調整の下ファンディングを獲得しプロジェクトを実施する重要性がさらに増していると見ることができる(援助チャネルや支援先の状況について、図1、図2参照)。

 

①②と密接に結びつくのが、③の課題である。グローバルヘルス分野は必要性という観点からは常に巨額な資金へのニーズがあり、さらに感染症分野はインシデントの起こる頻度や規模が事前に想定しづらいこともあり、実現可能な水準で「必要資金額」を定義することが容易ではない。特に、COVID-19の脅威で狭義の保健分野に留まらない課題が指摘され、さらに保健分野に限っても今般注目を集めた感染症対応分野に留まらない幅広い領域への投資が必要となる中、投資先や分野のプライオリティの設定は、客観的・一意的に定まる性質のものではない点、各機関への分配やチャネルの適切性等への考慮を踏まえる必要性がある点から、より複雑な様相を呈している。

 

図1.グローバルヘルスにおける援助チャネル(5)

 

図2.COVID-19に対する援助の資金ソース、チャネル、支援先プログラムの種類(6)

 

 

 

グローバルヘルス・ファイナンシングとガバナンス―G20の動き

こういった問題を背景として、グローバルヘルス分野のガバナンス体制も再検証や対応に追われている。上位主体による強制執行力によって権限を担保することが事実上困難な国際的なガバナンス体制において、資金の動員やその配分権限は最大の「権力」の一つとみなすこともでき、前述のように資金の配分や必要額の特定がある種の価値判断から必ずしも自由ではないこととも相まって、ガバナンスの体制と資金動員との結びつきは政治的にも注目を集める。

 

例えば、G20ハイレベル独立パネル報告書は、鍵となるアクターを集め、体系的な財務モニタリング、保健と財政分野の連携を実施するGlobal Health Threats Boardの設立とパンデミック対応のための資金枠組みであるGlobal Health Threats Fundの設定を提唱した。Global Health Threats Fundはパンデミック対応のための資金枠組みであり、年100億米ドルの動員を目標とする。Global Health Threats Boardは2008年金融危機後のFinancial Stability Boardも参考に、国際機関や関連諸機関(WHO、世銀、IMF、WTO等)との連携のもと、保健財政のモニタリングやレビューを実施、Global Health Threats Fundの使途についても管理を企図するものである (7)

 

これらを受けて、昨年10月に実施されたG20財務大臣・保健大臣合同会議ではGlobal Health Threats Boardの設立が議論された。しかし、これをどのような形態にするかについては議論があり、新たな組織づくりのためには基準や人員など決定事項が多い点なども踏まえ、一旦見送られる運びとなった。その代わりに、関係者が同分野に関する継続的議論を実施するための場として新たにHealth Financing Task Forceが立ち上げられた (8)

 

Health Financing Task Forceは、正式にはGlobal Health Threats Boardが立ち上がらない中、ヘルス・ファイナンシングに関する協調や調整を担うことが期待されるとともに、今後のファンド設立・運用の可能性についても議論されると考えられる。また、主に途上国からの要請もあり、ガバナンスや体制の話のみならず現在進行形のCOVID-19対応にも積極的に関わることになっている (9)

 

Health Financing Task Forceが重視し、日本も積極的に後押ししてきたと言われる点に、必要とされる資金と現状とのギャップを特定する、ギャップ分析がある。現在WHOと世界銀行は同タスクフォースとの協力の下、共同でグローバルなヘルス・ファイナンシングの状況とその特定のための検証を行っており、最終レポートが近く提出される予定となっている (10)。現状の把握とニーズの特定、そのギャップの特定は前述の②③の問題を解決するために最初に必要となるステップであり、非常に期待されるプロセスである。一方で、ギャップ分析はシナリオや前提の変化によって常に変更が行われる必要がある点、同レポートもまた一つの視点を提供する種類のものである点には留意が必要である。

 

さて、ハイレベル独立パネル報告書で提案されていたGlobal Health Threats Fundに類するファンドの設立も、G20財務トラック及び保健トラックでは留保となった。新規のファンドの組成について、米国は非常に積極的な姿勢を表明しており、既にGlobal Health Threats Fund の代替ないし前身となることを企図しているとみられるFinancial Intermediary Fundへの少なくとも25百万米ドルのコミットメントを表明している。しかし、ファンドの使途が現時点では必ずしも明確でない点に加え、米国の強いリーダーシップに対する政治的な含意なども存在するとの見方がある中、世界的なファンド設立の見通しは現時点では立っていない状況である。もちろん、ファンドの設立自体が今後の可能性を含めて完全に否定されたわけではないが、バイデン政権は当初各国の世界的な参加の下、百億米ドルの基金を想定していたとされる中、実現されたとしても規模としてはかなり縮小したものとなるのではないかという見立てが有力である。また、このファンドの議論の留保を受けて、Global Health Threats Boardが今後発足した場合、ファンドの使途の決定や管理を行うというハイレベルパネルが当初想定・提言した内容と相違することになり、同ボードの権限が実質的に縮小してしまうのではないかとの懸念も持たれている。

 

新たなグローバルヘルス・ガバナンスの中心的な舞台をめぐる背景と駆け引き

新規ファンドの設立やGlobal Health Threats Boardの設立に関する議論やその困難は、勿論技術的・中立的な意図や議論を中心とするものだが、その背景には各国の思惑も見え隠れする。

 

というのも、これらの議論の背景にはCOVID-19の脅威を受けて新たなグローバルヘルス・ガバナンスの体制構築が模索される中、ファイナンシングに限らず、その中心的な舞台、及び調整のための実質的な権限をどこが有することになるかに関する各国間・各機関間の綱引きがあるからである。

 

先程挙げたように、米国はG20リードの新規ファンド設立に積極的であり、これを管理するためのメカニズム(当初のGlobal Health Threats Board)への影響力を担保するとともに、グローバルヘルス・ガバナンスにおけるファイナンシング・メカニズム一般を強化することで全体的な施策の実効性を向上させたい狙いを持っているとみられる。これに対し、中国・ロシアは既存のWHOでの議論や作業部会を中心に進めるべきとの立場を取っており、新たな基金や会議体形成へはさほど積極的な姿勢を取っていないとの見方が有力である (11)。またEUは、WHOを中心に据えた「パンデミック条約」の締結を後押しする立場を取っている。また、これと別途の議論として、政治的なリーダーシップ及びコミットメントを維持する立場から、この調整主体を国連に置くべきとの議論もある。

 

パンデミック条約を始めとする、WHOを調整の中心に置く体制では、保健関係の高い専門性のフルレバレッジが相対的に容易となったり、既存の枠組みを活用した連携体制を確立できたりする可能性がある。また、パンデミック条約が現在想定されているように広範なテーマを扱うものとなった場合、保健レジームを中心として同分野に関わる異分野連携を含めた総合的な調整を実施できる可能性がある。一方、多様化したアクター間の調整において実質的な役割を担えるかについては懐疑的な見方も根強く、例えば資金調達規模や柔軟性など、現在の資金運用面での課題や、貿易や渡航制限、サプライチェーン・マネジメント等分野横断的課題の解決などを実効的に図れるのかについては懐疑的な見方も根強い。G20で議論されているようなファイナンシングを核とするガバナンスの体制は、金融分野も含め多様化したアクター間の調整の適切な実施が行える、資金面との紐づけによってより実効性を担保ができる、方法によってはより迅速な対応が担保される、といった面で、その実行力に期待が集まる。一方、一部の国の意向が強く反映され、アカウンタビリティに課題が生じる可能性や、保健分野の専門性や継続的な経験の蓄積に相対的に欠ける可能性、特に保健分野のアクターとの調整難航によって期待される迅速対応を担保できない可能性などは否定できない。国連を中心とするガバナンス体制には、多様な専門の機関や主体の参画を促し、新型コロナウイルス対応で実際に課題となった分野横断的な課題対応や調整がより現実的に可能となる点や政治的なコミットメントを維持できることへの期待が強いが、よりテクニカルな話であったはずの内容についてまで過剰に政治化したり、合意コストがかさんだりするリスクも孕んでおり、また国連全体を架橋する調整メカニズム導入に対する合意自体の困難も指摘される。特に、例えば独立パネル報告書(IPPPR)の提案ではGlobal Health Threats Councilと呼ばれる新たな会議体を設置し、政治的コミットメントの維持や目標への進捗状況の確認を実施することなどが提言されているが、同会議への代表の選出方法などは論争的な側面もあり、導入は現時点では不透明な状況にある。

 

上述のような現在検証されているすべての試みは相補的であり、互いに補完・強化し合うことが想定され、いずれのイニシアチブでも別のイニシアチブや試みが言及されている。また、様々な会議体や調整枠組みの出現は、議論の活性化や結果としてのグローバルファイナンシング強化にとって肯定的な面も大きい。

 

一方、設立の背景には各国が、自国が中心的な役割を担うことができ、かつ内容面でも納得のいく枠組みを支持したいとの強い意図が見え隠れする。調整枠組み自体が濫立し「調整の調整」のためのコストがかさむことは意識的に避けられる必要がある。グローバルに今なされている議論や成立しつつあるレジームの全体像を把握し、重複を避け、あるいは相補的な関係を構築できるよう、総合的な視点が求められている。

 

日本は現在、上述の全ての枠組みの構築に柔軟に関わっている状況である。安全保障上の課題の緊急性が増し、新たな体制構築にも一層の困難が予想される中、長年のグローバルヘルス分野でのリーダーシップや実務的・経済的貢献を基礎に保健分野を通じた外交で日本が国際的に果たすべき役割は大きいと考えられる。

 

[脚注]

1.https://www.imf.org/en/Publications/Staff-Discussion-Notes/Issues/2021/05/19/A-Proposal-to-End-the-COVID-19-Pandemic-460263(May 19, 2021)

2.https://www.who.int/publications/m/item/access-to-covid-19-tools-tracker

3.短期資金、動員額、RETFを含む
4.https://www.worldbank.org/ja/news/press-release/2021/07/19/world-bank-group-s-157-billion-pandemic-surge-is-largest-crisis-response-in-its-history

5. Micah, A. E., Cogswell, I. E., Cunningham, B., Ezoe, S., Harle, A. C., Maddison, E. R., … & Hailu, A. (2021). Tracking development assistance for health and for COVID-19: a review of development assistance, government, out-of-pocket, and other private spending on health for 204 countries and territories, 1990–2050. The Lancet, 398(10308), 1317-1343. より引用

6. Ibid.
7. https://pandemic-financing.org/report/foreword/

8. https://www.mef.gov.it/en/inevidenza/The-G20-established-a-joint-Finance-Health-Task-Force-to-strengthen-pandemic-prevention-preparedness-and-response/
9. https://g20.org/the-2nd-g20-joint-finance-and-health-task-force-jfhtf-meeting-g20-finance-and-health-ministries-continue-to-collaborates-on-pandemic-and-future-health-emergencies-prevention-preparedness-and-resp/
10. https://g20.org/wp-content/uploads/2022/02/G20-FMCBG-Communique-Jakarta-17-18-February-2022.pdf

11. パンデミック条約に関しても中国の立場は必ずしもはっきりしておらず、ロシアは懐疑的な見方を表明している。https://www.washingtonpost.com/world/2021/11/11/who-global-pandemic-treaty/

 

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武見綾子「グローバルヘルス・ファイナンシングとガバナンス―状況と課題」グローバルヘルス・ガバナンス研究会ポリシーブリーフ「ポスト・コロナ時代の国際保健外交―日本の戦略を問う」日本国際交流センター. 2022-3-11. vol. 17.

 


ポリシーブリーフ「ポスト・コロナ時代の国際保健外交―日本の戦略を問う」は、当センターが東京大学未来ビジョン研究センターと共同で実施しているグローバルヘルス・ガバナンス研究会(GHG研究会)のメンバーが、今後のグローバルヘルスにおける日本の役割を考える上で検討が求められる課題の論点を整理し、問題を提起することを目的に執筆しているものです。なお、本研究会は、外務省の令和3年度外交・安全保障調査研究事業費補助金(総合事業)を得て実施しています。

 

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